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編集長インタビュー

認知症もがんも「予防は万能ではない」 誰もがなり得る理解を 岸本葉子さん 後編

岸本葉子さんと冨岡編集長
エッセイスト岸本葉子さん=右=と、なかまぁる冨岡史穂編集長

今年6月に還暦を迎えるにあたっての心境は、「50歳になるよりウキウキしている」。エッセイストの岸本葉子さん(59)は、40代でがんと闘病し、40歳後半から50代にかけて認知症の父の介護、そしてみとりを経験しました。いつか自分に介護が必要になるときがきても、できるだけ長く自宅で過ごせるように心かげていること、そして年を重ねることについて、なかまぁるの冨岡史穂編集長が話を聞きました。(前編はこちら)

30歳で老後への関心があった

冨岡史穂(以下、冨岡) 岸本さんは認知症のお父さまの介護をされていましたが、「認知症」というテーマについては、いつごろから関心を持ち始めましたか?

岸本葉子(以下、岸本) 認知症への関心は、父を介護する以前からありました。私はシングルなので、30歳くらいから老後への関心がありました。当時の30歳の女性は、今より多くの割合で家族を持っている時代だったので、今でいう40歳ぐらいのイメージかなと思います。

その頃から、私は家族のいない人生を歩みそうだから、自分の老後は自分で支えていくだろうという意識がありました。お金、住まい、介護について考える中の一つに、認知症も入っていました。

冨岡 その時、具体的に何か準備をされたことはありますか?

岸本 いえ、まだありませんでした。当時、それほど認知症というテーマも言葉も社会に共有されていない時代で、何となく頭の隅にありながら、イメージはわかない状態でしたね。

30歳の時はなんとなく不安を抱いていた程度だったのですが、お年寄りが賃貸住宅の更新をしてもらえないというニュースが報じられていて、「住まいだけは確保しよう」と36歳の時に今の住まいを購入しました。バブルが崩壊し、金融機関が女性相手に住宅ローンを組むようになり、やっと買う条件が整った1998年2月のことです。

エッセイストの岸本葉子さん

「予防」という言葉の危うさ

冨岡 がんを経験された立場から「がん予防」という言葉に抵抗はありますか? 認知症と診断された方は「認知症予防」という言葉に抵抗があるとおっしゃる方が多いのです。「認知症予防に失敗した」と烙印(らくいん)を押されているようだ」と。がんの場合はどうでしょうか。

岸本 同じですね。がんも認知症も一次予防(発病を防ぐこと)は無理だと感じます。「こうすればいい」と言われているけど、それをすればがんにならないという保証はないんですね。がんにならないための食事について書かれた本を読んだら、私ががんになる前にしていたことそのものだったんです! その時、「がんは予防しきれるものではない」と思いました。だからと言って、すべての努力の効果がないわけではないはずなので、今自分ができることをする姿勢はすごくいいことだと思います。「予防」は万能ではないという意味を広く理解してもらうことは大事かなと思います。

冨岡 認知症の方にとってだけ「予防」という言葉が危うく感じられるわけではない、ということですね。

岸本 そうですね。今の新型コロナウイルスの流行でも、感染した人が予防行動を怠った人と言われていることがありますよね。そこにも似た構図はあると思います。コロナは、がんや認知症に比べて予防策はかなりはっきりしていると思いますが、それでも感染してしまうことはあるので。そのあたりの類推からも、もう少し「予防」は大切だけれども、予防しきれない場合もあることについて、理解が深まっていくといいなと思います。

なかまぁるの冨岡史穂編集長

「葬式はノープランです」

冨岡 岸本さんが還暦を迎えて、人生100年時代の後半に入っていく中で、自分がどういう介護を受けたいか、あるいはどういう人生の閉じ方をするか、なにか心の準備をされていますか。

岸本 終わりに向かっているという意識は持たず、生きるための気がかりを取り除いておくつもりで身辺整理をするといいのかなと思います。私は「ラスト・プラニングノート」と呼んでいるエンディングノートを書いているのですが、「まだ自分には必要ない」と思う時が実は書くチャンスです。

私はがんになった時、兄も姉も、私の預金口座がどこにあるか知らないことに気づき、「万が一」に備えて書き残しておくことの必要性を感じました。でも、それを書くのは縁起が悪いように思えて。死を早めるのではと、どうしても書くことができなかったんです。やっと書けるようになるまで、がんになってから10年近くかかりました。なので、「早い」と思う時に書いておく。全部を完全に埋めようとしないで、気になるところから書いていくのがいいと思います。例えば、自分の預金口座がどこにあるか知ってもらいたい人は、そのことだけ書いておく。私は割と空欄があります。葬式はノープランですね。

冨岡 岸本さんはすべてバランスよく決まっていらっしゃると思っていました!

岸本 何事も、全部まんべんなく整えないほうなんですよ。自分にとって優先順位の高い順に解決して、次に気になったことがあれば、その時に考えています。特に、老いとか、病気とか、生老病死はシミュレーションしきれないものなので。

また、万全に整えようと思うと、予定通りに行かないとがっかりしてしまうので、「万全はないんだ」くらいの方がいいと思います。

岸本葉子さんは2020年12月に「ふつうでない時をふつうに生きる」(中央公論社)を出版
岸本葉子さんは2020年12月に「ふつうでない時をふつうに生きる」(中央公論社)を出版

冨岡 還暦は楽しみですか?

岸本 50歳になるよりウキウキしています。実は50歳になったときに一度落ち込んだんです。それは、日本人女性の平均寿命からして、折り返し地点を過ぎたという意識が強くあったから。でも、私より年上の、還暦を迎えた女性がすごく楽しそうに過ごされているのを見て、いい影響を受けました。今は、したいことをして、できる限りそれを続けていきたいという気持ちです。

冨岡 これからもきっと、人生をはつらつとしたものにするために、常に考えられて行動されるのだろうなと思います。私も岸本さんの生き方を見て、元気になりたいです。ありがとうございました。

前編はこちら)

エッセイストの岸本葉子さんと「なかまぁる」冨岡編集長

岸本葉子(きしもと・ようこ)
エッセイスト。1961年神奈川県生まれ。大学卒業後、会社勤務、中国留学を経て、執筆活動に入る。食や暮らしのスタイルの提案を含む生活エッセーや、旅を題材にしたエッセーを多く発表。著書は「週末介護」(晶文社)、「ひとり老後、賢く楽しむ」(文響社)「ひとりを楽しむ、がんばらない家事」(海竜社)、「50代ではじめる快適老後術」(だいわ文庫)、「ふつうでない時をふつうに生きる」(中央公論新社)など。

冨岡史穂(とみおか・しほ)
なかまぁる編集長。1974年生まれ。99年朝日新聞社入社。宇都宮、長野での記者「修行」を経て、04年から主に基礎科学、医療分野を取材。朝刊連載「患者を生きる」などを担当した。気がつけばヒマラヤ山脈、なぜか炎天の離島と、体力系の取材経験もわりと多い。

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