メイプル超合金・安藤なつさん、介護現場歴20年 介護は大変 でも楽しさも伝えたい 著書『介護現場歴20年。』(主婦と生活社)を出版
聞き手と文/松崎祐子 写真/伊藤菜々子
お笑いコンビ「メイプル超合金」のツッコミ役として人気の安藤なつさんがコミックエッセイ「介護現場歴20年。」(主婦と生活社)を出版しました。安藤さんは、親戚が介護施設を運営していた縁があり、幼いころから介護が身近なところにあったそうです。芸能活動の傍ら、去年、介護福祉士の資格も取得しました。エッセーでは、そんな介護現場歴をまんが仕立てで楽しくつづっています。本に込めた思いについて聞きました。
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現場歴は小学生のときに始まりました みんなとわいわい遊ぶのが楽しかった
- ◆安藤さんの介護現場歴は伯父さんが運営する小規模な介護施設に遊びにいった時から始まります。小学校1年生の夏でした。〈3階建ての建物と自宅の一部を改装した施設で いまで言うデイサービスやショートステイを行っていて 脳性まひの女の子、自閉症の若者、認知症のお年寄りといったいろいろな人がいた〉(本から)。そんなおじさんの施設は、まだ幼かった安藤さんの目にどのように映ったのでしょうか。
「楽しくて、居心地のいい伯父の家が大好きだった」と書かれていますね。
みんなと楽しくわいわい遊ぼう、という所だったんです。障害があろうが(なかろうが)、スタッフさんであろうが(利用者さんであろうが)、みんなと楽しく遊んでいる、という所でした。嫌だったらもう二度と行かなかったと思うのですが、毎年のように行っちゃいました。親戚のうちなので、気軽に行けましたし。
なかでも、イベントは楽しかったですよ。お祭りに行ったり、日曜日にはみんなで喫茶店に行って好きなデザートを食べたり、公園で遊んだり。
喫茶店に行くのもイベントなんです。制限の多い生活をしていて、いろいろな準備をして、気持ちの整理もして、何日の日曜日は喫茶店に行く。一大イベントなんです。簡単に行けない所に行く。ほんとうにうれしくて、その分喜びも増して。自分もウキウキしました。
- ◆中学生になると毎週末、伯父さんの所に一人で泊まるようになりました。ある日、認知症の女性の朝の着替えを任せてもらいました。ところが、女性は別のパジャマに着替えたり、断固として着替えてくれなかったり。〈いつになっても任務を遂行できず… スタッフさんに助けてもらうことが悔しかった〉(本から)
「遊びの延長線上」だった意識が変わる出来事だったようです。
中学1年だったと思うんですけれども、「朝おきたらおばあちゃんのとこ行って着替えさせて食堂につれてきてね」って言われたんです。パジャマを服に着替えてもらうのですけど、これがめちゃくちゃ難しかった。
どうしたら着替えてくれるのか。どういうテンションの時だったら上だけ脱いでくれるのか、下だけ脱いでくれるのか。着替えてくれるのかっていうのをすごく試しました。おばあちゃんが忘れっぽいことがわかっていたので、自分だけ部屋の外に出ていったん自分のことを忘れてもらって空気を変えてみるとか……。
介護をした人と2人で乗り越えられたと思う瞬間がうれしくて
- ◆「キャラ変」作戦にも出ました。ロボット、お医者さん、時代劇風など、いろんなキャラクターになって、着替えてもらおうとしました。
そして試行錯誤を数カ月重ねたある日、突然、すんなり着替えてくれました。
今思うと、そのとき、おばあちゃんの調子がたまたま良かったのか、急に波にのれたのか、どこかにチャンネルがあったのか、ぼんやり自分のことを認識してくれたのか……。なぜ、着替えてくれたのか、明確にはわからないのです。雰囲気に合わせられたのかな。
がっつりの認知症の方なので。その方からすると知らないちびっ子が入ってきて急に着替えろと言ってきて。知らないやつに何で着替えろ、って言われなくてはいけないんだろうと思ったのかもしれません。
そこをどううまく自分が返していったのか、どのキャラがはまったのか、覚えていないですけれど、でもその後は毎週着替えてくれるようになりました。時間をかけて自分のことを覚えてくれたということでしょうか。
よくあきらめずに続けられましたね。着替えてくれるようになって、本には〈Mさんに心を許してもらえた気がして… うれしいっ 達成感!!〉と書かれています。
任務として着替えを任せてもらえたことが、うれしかったんです。ともかく考えるより、やってみるでした。これだめか。じゃあ次これでやろうみたいな感じです。
なにが正解かはわからない。それも面白かったです。やっていれば、何かがみつかるんですよ。ちょこちょこと。それを続けていったら、ある日、それまでできなかったことを一緒にやってくれました。自分のことも覚えてくれたのかなーと思います。それはうれしい瞬間ですね。一番やりがいがあることではないですか。
一緒にやれた……言葉にするのは難しいんですけど、二人で攻略できたよね、乗り越えられたよね、ということでしょうか。それが、自分の中では介護のやりがいのような気がしています。
家族だから割り切れない思いがあり、第三者だから割り切れることがある
- ◆本には、「取材してわかった介護のリアル」という6つのコラムが掲載されています。介護福祉士、特養の施設長、地域包括センター管理者ら、介護現場の第一線で働く人たちと安藤さんとの対談がまとめられています。
どうして対談をしようと思われたのですか。
実際にもう9年くらい介護現場に行っていないので、現場のいまの声を聞きたかったのです。それから、介護福祉士の資格を取るために勉強をして、それまでは感覚でしてきたことを、知識として学んで、なるほどあの時のことは、こういうことだったのか、と分かったことがありました。現場で活躍されている方にもっといろいろ教えてもらいたいと思いました。
いろいろとお話を聞かれたなかで、とくに印象に残った言葉というと、たとえばどんなことでしょうか。
私はご家族が無理にケアしなきゃいけないということはないと思うんです。絶対大変だから、第三者を入れてほしい、ということをずっと言ってきています。
- ◆安藤さんは、本の中で「自分が仕事として介護をすることは、ちっとも大変とは思わないのですが、やはりご家族は、身内のこととなるとそうはいかないと思っていて。どうしても私情が入って、感情的になってしまいがち。そうなると、介護するほうも、されるほうもダメージが大きいのではないかと」と話しています。
今回、(介護福祉士で認知症にも詳しい)和田行男さんと対談させていただいて、和田さんは、「そうだよ。(介護職員は)プロだし職業なんだから、割り切れるよね」とおっしゃって。あー、と腑(ふ)に落ちたんです。他人だからみられるし、家族だから割り切れないというのが明確にわかりました。印象的でした。
親がいままでできていたことができなくなっていく。親の老いを見ていく子供はつらい、というのは分かっていたんです。第三者が入ってお互いに余裕ができる、と思っていたのですが、そうなる理由を和田さんが明確におっしゃってくださいました。
「なんでこうなの? 」「なんでこれができないの? 」と言うのは一番認知症の方に対して良くないことです。自分だってやりたいのにやれないんですから。息子さん、娘さんは多分感情のほうが先に来てしまって、どうしてできないのかという背景を見られないことがあるかもしれません。でしたら、その感情の部分を取り外した第三者が「なんでこういうふうなことを言っているんだろう? 」と対応してくれた方がいい。家族が無理してみなくてもいいのになあと思います。
- ◆特養の施設長との対談では、入居者のかたが亡くなった時に家族から「今、無性にかぁちゃんをハグしたい。なのに、もうできない。あなたも今のうちに親を抱きしめておきなさい」と言われたという経験を、施設長が紹介しています。
施設長のかたに「親御さんがお元気なうちにハグしてほしい」と言われていましたね。
まだできていないんですよ、たまに(頭を)よぎるんですが、なかなか勇気がいるな、みたいな……。親子関係って友達みたいな親子もいるし、距離のある親子もいるし、絶縁している親子もいます。うちは仲悪いわけではありませんが、いや、なかなか難しいですね。
いつ死ぬかわからないから抱きしめた方がいい――。わかってはいるんですけど、「だとしてもなあ……」というのがたぶん家族の距離感だと思うんです。
介護もお笑いも好きでやっています 共通点は距離感が大事ということ
- ◆高校卒業後は、訪問介護の仕事をしながら、お笑いの活動を始めました。〈昼勤務はお笑いの活動がしづらくなるから夜勤務を選択した。だけど、これがなかなかハードな内容だった〉〈芸人として仕事をしながら介護の仕事もする日々 この生活はM-1前日まで続いた〉(本から)
いつ寝ていらしたのだろう、と思いながら、読ませていただきました。
夜9時から朝7時まで15件から20件回ります。1人で回れるようになるまで1年くらいかかるのですが。おむつ交換、排泄(はいせつ)介助、陰部洗浄、安否確認……。たいへんなのは体力面です。
あんまり寝ていなかったですね。睡眠時間はとれる時はとりますが、あんまり長くとらない。朝7時に帰ってきて9時ぐらいに寝て、昼12時、13時ぐらいに起きて。打ち合わせが17時、新宿とかだった場合、実家からだと2時間かかるので、15時にはでなきゃいけないです。それで終わって帰って……。伯父の施設にうつった時は、最初は14時から朝10時まで20時間。メイプルになってからはライブ終わってそのまま夜勤。22時スタートの朝6時まで8時間っていうスタイルが多かったですね。26歳の時に都内でてきて、お笑いやりながら生活もしなきゃいけないというので、できる限り出ていました。
別にやれ、っていわれてやっていたわけではないので、きつくはなかった。やりたいことがあるからやっていただけです。
- ◆本の「おわりに」に、〈「芸能のお仕事って大変でしょう? 」と聞かれることがあります。ですが、私にとっては好きなことなので「何が? 」という感じ。介護の仕事も同じ。「好きでやっていることなので、お任せください! 」です〉と書いています。
介護現場での経験が今の芸能生活に生かされていることはありますか?
この人はこう思っているのかなという想像力を働かせることですね。ロケの時、共演者さんが今どういう状態なのか様子をみます。どういう風な話をするとテンションが上がるかな、どの距離感で近づいたらちょうどいいかな、というように。ここより先踏み込んだらいやに思うかな、もうすこし踏み込んだほうが逆にいいのかな、と距離感を結構気にします。
パーソナルスペースは、人それぞれ違うじゃないですか。入っていい人なのか、ほぼない人なのか。めっちゃゼロ距離な人もいますし。距離感は自分のなかで重要です。
介護でも距離感を誤って不穏になってしまうことがあります。認知症の方が自分でも不安に思っていらっしゃる状況で、距離感を間違って踏み込み過ぎると、その方はすごく辛い。不安が増してしまいます。いつも、どの角度からどういう距離でどういうお話をしたら不安を取り除けるのか、と考えています。
介護に興味を持ってくれる人が増えたらうれしい 少しずつでも伝えていきたい
- ◆〈せっかくならもっと知識をつけてお仕事できたらな〜介護業界の広報みたいな役割ができたら…〉(本から)という思いで、安藤さんは昨年、国家資格の介護福祉士の資格を取得しました。〈介護の仕事は大変だ でも大きな喜びをもたらしてくれる魅力的な仕事だと思う〉〈この本を通してそれが少しでも伝わっていたら 介護に興味を持ってもらえたらうれしい〉(同)とつづります。
本の帯には「そればかりじゃないけど、笑いが増えたらいいな。」とあります。
きつい、汚い、給料安いだけが先行してしまうと、入りづらいじゃないですか。なんでわざわざきついのに入っていくの、という風になってしまいます。そういうイメージをどう払拭(ふっしょく)したらいいかと思って、この本を書きました。そうしたことをこれからも地道にやっていければと思っています。
私は介護の世界に、小さい頃から、なんか、ぬるっと入っていったんで、汚いとかきついとかいう感情を持つ前に、楽しいな、が先行したんです。その楽しさは、経験しないとわからない。プレゼンしづらいです。でも、ちょっとずつでも、伝わっていけばいいなあ、と思います。介護は今後どんどん必要になってくるわけですし。介護に興味を持ってくれる人が増えたらうれしいですし、頼りにできる介護職員が増えくれたらいいですね。
- ☆安藤なつさんの著書『介護現場歴20年。』を3名様にプレゼントします
- 介護現場歴20年。
3名様
介護現場歴20年。
安藤なつ(著)
まめこ(マンガ)
出版社: 主婦と生活社
お笑い芸人として活躍しながら、2023年介護福祉士の資格を取得した、安藤なつ(メイプル超合金)さん。伯父の家が介護施設を運営していたことで、幼少期から介護が身近にあり、“介護現場歴20年”という、異例の経歴を持つ。
「介護は、直接触れ合うことで得られるものがある」
「介護の楽しさや魅力を発信できたら……」
「介護の仕事は、決してきれいごとだけではない」
そう語る彼女が、介護を通して、さまざまな方と出会い、触れ合うなかで、感じていた想いとは?
20年間の経験と介護への想いを綴った、コミックエッセイ。
- 安藤 なつ(あんどう・なつ)
- メイプル超合金 お笑い芸人
1981年1月31日生まれ。東京都出身。2012年に相方カズレーザーと「メイプル超合金」を結成。ツッコミ担当。2015年M-1グランプリ決勝進出後、バラエティーを中心に女優としても活躍中。介護職に携わっていた年数はボランティアも含めると約20年。ホームヘルパー2級(現:介護職員初任者研修課程修了)の資格を持つ。2023年に介護福祉士の国家資格を取得。厚生労働省の補助事業『GO! GO! KAI-GO プロジェクト』の副団長を務める。