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編集長インタビュー

認知症になったら?「それは神様が…」71歳で現役学長の出口治明さん

出口治明さん
出口治明さん

71歳で現役の大学学長として活躍するAPU(立命館アジア太平洋大学)学長の出口治明さん。定年制の廃止を訴える出口さんに、高齢化社会のあるべき姿について、なかまぁるの冨岡史穂編集長がインタビューしました。

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冨岡 女性活躍についても、出口さんは積極的に発言されていて、私も大いに共感しているのですが、まだ日本の社会が十分に変わったとは思えません。変化のかぎは何でしょうか?

出口 アリの一穴がダムを壊すといいますが、どこを押せば既存のシステムが壊れるかは結果論で、アリの一穴がどこかは、誰にも分かりません。みんながそれぞれの居場所で、一所懸命穴を開けていくしかないんじゃないでしょうか。ここを掘れば壊れると分かっていれば既にみんなが掘っているはずです。

歴史を見ればすべては偶然だといっていい。ダーウィンがいうように、人間社会は運と適応。運というのは適当な時に適当な場所にいること。それぞれの人が、自分の居場所が、適当な場所で、適当な時が来るに違いないと考えてがんばればいいのです。結果的に、どこかでダムが決壊すればいいのだと思います。もし、うまくいかなければ「自分は多数派やったんや」と思えばいいだけです。
人間の歴史をみると、行動したところで世界は変わらない。行動しても99.9%は失敗すると理解しながらも、それでも行動しなければ何も変わらないと信じて世界を変えようという人がいたので、人間の社会は進化したのです。すべて結果論。行動しないと世界は変わらないので、自分が正しいと思うことをやりつづければそれでいいのだと思います。

出生率低下の根本原因は男女差別

冨岡 なぜ、出口さんは女性を積極登用すべきだと考えるのですか。

対談する出口治明さんと冨岡史穂編集長
対談する出口治明さん(左)と冨岡史穂編集長

出口 日本の出生率の低下は、男女差別が根本原因です。「専業主婦になりたい女性が多い」という人もいますが、文化人類学者のレヴィ=ストロースが指摘したように、社会の構造が人間の意識を作ります。先進国で1番厳しい男女差別があり、家事や育児、介護がすべて女性の肩に乗っている社会で、若い女性が「専業主婦がいい」と思うのは当たり前です。なぜこういう結果が生まれるのかというと、社会全体がゆがんでいるからです。

家事や育児、介護は女性の役割だと考えている社会構造が、男女差別の根幹です。徹底したクオータ制を導入しないと、男女差別はなくならず、出生率もあがりません。人口を増やすために移民の受け入れを訴える学者もいますが、移民が日本に来ても、彼らが子育てをできなかったら赤ちゃんは増えません。そもそも男女差別をなくせない未熟な社会が、移民との共生ができるはずはありません。日本の1番の問題は、男女差別だと思っています。

冨岡 女性や移民の話から、多様性に話を進めたいのですが、なかまぁるは、認知症の人たちの多様性にもしっかり光を当てるべきだと考えています。多くの人が「認知症になると何も分からなくなる」という偏ったイメージをもっている一方で、現実にはいろいろな形で活躍している人がいて、実に多様です。

出口 いろいろな人がいるほうが社会はおもしろい。たとえば、健常者と認知症をセパレートする論理が間違っていると思います。健常者と認知症はグラデーションでつながっています。何よりも定年で仕事を辞めるほうが、明らかに認知症になりやすいので、仕事は辞めない方がいいと僕は思います。

「オール・サポーティング・オール」に

出口 日本の1番の問題は、「ヤング・サポーティング・オールド」、若者が高齢者の面倒を見るという考えにある。これは人口が増えていた時代の話です。人口構成が変わった日本は、ヨーロッパのように「オール・サポーティング・オール」の社会に転換するべきです。年齢フリーにして、みんなで社会を支え、年齢ではなく困った人に給付を集中する。これは所得税と住民票の社会から消費税とマイナンバーの社会へのインフラとなるパラダイムシフトの問題です。働く現役世代に負担が集中する所得税より、高齢者も負担する消費税が1番フェアな制度だと思います。

対談する出口治明さんと冨岡史穂編集長

出口 また、年金制度が破綻(はたん)するという学者もいますが、それは「ヤング・サポーティング・オールド」を前提に考えているからです。年金はみんなからお金を集めて再分配しているだけで、そもそもが破綻しない仕組みです。日本の年金は、自営業者の国民年金と、被用者の厚生年金に分かれています。しかし日本の問題は、被用者の中で1番立場の弱いパートやアルバイトが、国民年金に追いやられていること。こういった人たちも含めて被用者全員に、厚生年金を適用することが必要です。

この適用拡大の問題は、ドイツのシュレーダー政権が実行しました。企業側は社会保険料の負担が増えるとして、反対しました。しかし、シュレーダー首相は「人を雇うことはその人の人生に責任をもつこと。社会保険料を払えない企業は人を雇う資格がないのだ」と喝破して、(社会保険料を払えない)ゾンビ企業が市場から退場するように促しました。逆に日本は、極論するとゾンビ企業に追い銭を与える政策を採っています。その結果、ゾンビ企業が生き残るので、ダンピングに走りやすくなり、なかなかイノベーションが起こりません。あるべき政治家は、国民が嫌がることでも断固として実行しますが、それは長い目で社会を見ているからなのです。

冨岡 歴史に詳しい出口さんにお伺いしたいのですが、過去の歴史では、認知症をどうとらえてきたのでしょうか?

多様性のある社会には差別がない

出口 「これは認知症だ」という意識が生まれたのはせいぜいここ数十年のことです。今の眼鏡で歴史をみているので錯覚するのです。認知症という概念がなかったので、記録は残らないのですが、年を取ったら物忘れをする人が多いなあと思っていた程度でしょう。

冨岡 認知症も、そもそもは病気を整理するための概念だったはずが、差別や偏見の理由になってしまっています。

対談する出口治明さん

出口 同質社会で、ダイバーシティー(多様性)がなければ差別が生まれやすくなります。多様な社会だったら、新しい概念が生まれても差別は生まれにくい。いっぱい変な人がいれば、また変なのが生まれたな、と。しかし異質な人を排除しよう、セパレートしようとする同質な社会だから、新しい概念が生まれると差別につながります。

冨岡 ところで、ご自身は認知症やがんなどへの備えはしてらっしゃいますか。

出口 そんなのは神様が決めること。なったらなったで、しゃーないじゃないですか(笑)。あきらめればいいだけの話です。

冨岡 出口さんの古巣の世界では、認知症保険も増えています

出口 基本は社会のセーフティーネットを強化することが大事で、社会保険が根幹です。心配な人は認知症保険に入ってもかまわないけれど、それは個人の人生観の問題。ぼくは、進化論で知られるダーウィンを信頼しているので、将来何が起こるかは誰にも分からないし、がんになったらそのファクトを受け入れればいいだけ。年をとればいつかは死ぬので、認知症保険にはあまり興味はないですね。今晩どんなお酒を飲むのかを考えるほうが楽しい(笑)。

インタビュー前編はこちら

出口治明(でぐち・はるあき)
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部を卒業後、日本生命に入社。経営企画を主に担当した。退職後、還暦でインターネット販売専門のライフネット生命を開業。2018年1月からAPU(立命館アジア太平洋大学)学長。『全世界史講義(上下)』(新潮文庫)や『0からわかる「日本史」講義(古代篇・中世篇)』(文芸春秋)など、著書が多数ある。
冨岡史穂(とみおか・しほ)
なかまぁる編集長。1974年生まれ。99年朝日新聞社入社。宇都宮、長野での記者「修行」を経て、04年から主に基礎科学、医療分野を取材。朝刊連載「患者を生きる」などを担当した。気がつけばヒマラヤ山脈、なぜか炎天の離島と、体力系の取材経験もわりと多い。

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