恥ずかしさや悲しみを怒りで隠す母 そんな時、気持ちをほぐす深呼吸
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》

ふと居間をのぞくと、
そこには、うなだれる母の姿があった。
途端に「あっ」と声を上げそうになる。
母の衣服や手指が、便でひどく汚れているのが目に入ったからだ。
早く、なんとかしないと!
僕の胸は、激しく高鳴りはじめた。

ここ数年で認知症が進行した母は、
トイレの失敗が増えていた。
ひとりで着替えるのは難しく、
毎回、僕が手伝うのだが……
「汚れてないわよ! 乱暴する気?!」
そのたびに、母はひどい剣幕で怒り出す。
きっと、恥ずかしさや悲しみの裏返しなのだろう。
でも、いったいどうすれば……。
焦る気持ちを抑え、僕は深呼吸した。

気持ちを落ちつかせた僕は、母の着替えの準備をした。
でも、まずは…。
「お母さん、今日は冷えるね」
隣に座り、目を合わせる。
母の視線には、不安の色がにじんでいた。
「あったかいタオル、作ってきたよ。手だけでも温まらない?」
母の了解を得て、汚れた指先をそっと包む。
母の表情が、ふっと和らいだ。
「じゃあ今日は寒いから、腰だけでも温めようか?」
——大丈夫だよ。
少しずつ、きれいにしていこうね、お母さん。
高齢になったり、認知症が進行したりすると、
失禁や失便は多くの方が経験されることです。
しかし、その際に汚れた衣服を脱ぎたがらず、介護する人と押し問答になることも珍しくありません。
できるだけ速やかに着替えてほしいのが、介護する側の本音でしょう。
でも、そんなときこそ、ひと息つくことが大切です。
まずは、ゆっくり深呼吸して心の準備を。
なにが必要か、どうすればお互いに心地よく着替えができるか、
落ち着いて考えてみましょう。
そして、相手にも心の準備をしてもらうことが重要です。
突然「汚れているから着替えて!」と言われたら、
ただでさえいたたまれない気持ちの本人は、ますます身のおきどころがなくなってしまいます。
結果として、なかなか汚れた衣類を脱いでくれなかったり、
着替えが始まってもタイミングを合わせることができなかったりして、お互いに疲れ果ててしまうことも。
だからまずはまわり道に思えても、ご本人の手をそっと温めるような、
気持ちをほぐす前段階をもつことが効果的です。
「気持ちいいね。こんなふうに触れていくからね、大丈夫」
そんな思いを、優しい声かけとタオルの温(ぬく)みで伝えていくのです。
このひと手間が、相手が見られたくない姿を受け入れやすくするための、
関わりの土台を作るのです。
介護をスムーズに進めるヒントは、どちらか一方にあるのではありません。
介護する人と介護される人——
お互いの関わり合いの中にこそ存在しているのです。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》
