「ゆっくり歩く」という気遣い 様々な事情を持つ方の安全を守るために
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
ひゅん!
突然、私の脇をすれすれに、
自転車が猛スピードで通り抜けた。
驚いて、思わずからだが大きく揺れた。
なんとか持ちこたえたけれど、転ばずに済んで本当によかった!
キャリーバッグを持ってない左半身は力が入りにくい。
実はこのバッグ、私の歩行を支えてくれる大事な相棒なんだ。
杖が相棒のときもある。
とはいえ、私の年齢が若いせいか、
杖を持っていても、後ろからすれ違いざま、肩をかすめていく人もいる。
最近、エスカレーターを歩く人は減ってきたけれど、
今日は誰かが上ってくる。
私は身を縮めるようにして、頼りの右手で手すりをぎゅっとつかんだ。
見える困りごと。
見えない困りごと。
きっと人それぞれにあって、
明確に分かち合うことは難しい。
だからこそ、私も誰かの安心を守れるように、
せめてゆっくり歩くんだ。
私は今、身体的に不自由なく、普通に歩けています。ありがたいことです。
とはいえ、この「普通」こそがやっかいです。
つい周りの人も「自分と同じ、普通」だと考えもなしに思い込んでしまいがちです。
例えば、電車が滑りこんでくるホームで、
混みあったエスカレーターで、
信号が変わりそうな横断歩道で、
ほんの1、2分を競うように早足になることがあります。
そんなとき、私の周りからは心をもった人たちは消え去るような気がして、
そのときの私の表情や心は、ロボットのようになっているのかもしれません。
でも、身体のどこかに不自由を抱えた人や、認知症がある人、高齢の方々と歩くとき、
歩行ひとつとっても、周りの人たちのマナーによって安全が支えられていることに気づかされます。
焦らず、追い抜きもせず、ただゆっくり歩くこと。
それが、見えないけれどさまざまな事情を持つ方々の、安全を守る行動になっていることを、
もっと多くの人に知ってほしいと思うのです。
見えないけれど、見えないからこそ、気遣いを。
そのマナーは、きっと誰かの安心につながっています。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》