横になるもよし!全員同一をやめ「個別レク」を取り入れた神戸のデイ
2040年には認知症の人が約584万人になると予想されています。認知症と診断されると、ケアマネジャーなどから通所介護(デイサービス)の利用を勧められることが多くあります。認知症になったからといって家に閉じこもってしまうのではなく、社会に出て活動し、人々との交流を続けることが、認知症の進行を遅らせたり、症状をやわらげたりする効果があるとみられているためです。今回は、利用者が好きなレクリエーション(レク)に参加する「個別レク」方式をとっている社会福祉法人神戸海星会が運営する「うみのほしデイサービス」(神戸市灘区)を訪れてレクの様子を見学させてもらいました。
阪急神戸線六甲駅から北へ徒歩約20分。海が見える高台に「うみのほしデイサービス」はあります。利用者は毎日20~25人で男女比は1:3。認知症の人も多く通っています。職員は7、8人(看護師1人を含む)います。利用者は午前9時半に送迎車で来所して午前中に入浴を済ませ、昼食の後、午後2時から約1時間のレクを行い午後4時半に再び送迎車で帰っていきます。
一般的なデイサービスと違うのは、うみのほしでは全部で40~50あるレクのメニューの中から、担当職員が毎日3、4個提示して利用者が好きなレクに参加する「個別レク」方式をとっていることです。
私が訪れた日のレクは「タコさん釣り」「積み上げタワー」「ハロウィーン壁飾り(工作)」「ドミノ倒し」の4つ。参加者が一番多かったタコさん釣りは、トイレットペーパーの芯で作ったタコを牛乳パックで作ったハンマーでたたいて釣り上げるゲームです。利用者は机の上いっぱいに並べられたタコさんをたたいて釣って、1分間で何匹釣ることができるか競っていました。
職員の「スタート!」の声がかかると、利用者は力いっぱいタコをたたいて次々に釣り上げていき、ある女性の利用者は40匹以上も釣り上げて参加者から歓声があがりました。
実はうみのほしでも数年前までは利用者全員が同じレクを行っていたそうです。フロアリーダーの小西芳江さん(50)が提案して2年前から「個別レク」を取り入れました。
小西さんは「決められたことをやりたくない人もいて、その人の考えも聞かずに全員でやるということに違和感がありました。利用者がしたいことは何なんだろうと思って、選べる方式を取り入れました」と話します。また「利用者全員が、自分から積極的に『これをやる』と言ってくれるわけではありません。職員は利用者の様子をつぶさに観察して、今日はどういう状態で何が提供できるのか考えています。レクに参加してワクワクして、デイサービスに来て良かったと思い帰っていただけるのがベストです。結局、これが利用者にとって“自分は大切にされている”という満足感につながると思います」と話しました。
認知症の人といっても様々な個性を持った人たちです。「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」にも基本理念のなかに「認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるよう…」とあります。
管理者で生活相談員の松山陽子さん(46)は、認知症の人と関わるときに心がけているのは「認知症の人の世界に自分が入り込んで、その人の立場に立って考えることです。今日はレクに参加したくない、横になって寝たいという利用者がいれば、寝てもらってもかまいません。寝ることがその人にとってのレクなんですから」と話します。
小西さんは「これから団塊の世代の人たちもデイサービスを利用するようになります。この人たちは束縛されずに、もっと自由にデイサービスで時間を過ごしたいと思うのではないでしょうか。利用者の要求に柔軟に応えることができるデイサービス、自分で過ごし方を選べる施設になることが重要になってくると感じています」と言います。認知症の人の尊厳を大切にする取り組みをうみのほしで垣間見ることができました。
多くのデイサービスでは、ゲームなどを楽しむレクが重要な役割を担っています。先日、デイサービス専門誌で「認知症の人と楽しめるゲームレク」という特集記事を見つけました。読んでみるとデイサービスに限らず認知症の人とのコミュニケーションを考える上で有効ではないかと思える内容でした。そこで、記事を書いた尾渡順子(おわたり・じゅんこ)さんに話を聞きました。
尾渡さんは社会福祉士、介護福祉士の資格を持ち、横浜市内の介護老人保健施設(老健)の認知症フロアでレク担当として働きながら、看護学校や福祉大学でレクレーション活動援助法を教えています。アメリカの「アクティビティー・ディレクター(レク活動を計画・監督するディレクター)」の資格もあって、全国の社会福祉協議会や高齢者施設で研修を行う「カリスマ講師」です。
約20年前に高齢者施設で働き始めましたが、その時にレクの重要性に気付いたといいます。ある時車いすダンス大会を企画して、100円ショップで買ったおそろいの衣装を着て一緒に踊った利用者が「こんな体になってしまったけど、また踊れるなんて…」と涙を流して喜んでくれました。「利用者を非日常的な瞬間に導くというのは、その人の人生を豊かにしていい思い出にもつながる…。レクって実に有益なものです」と尾渡さんは言います。
尾渡さんによると介護現場におけるレクの役割は、高齢者のQOL(生活の質)を向上させることと、個人個人の能力に対応しながら「楽しみ」「意欲」「生きがい」を引き出すことだといいます。
例えばボールを使ったレクで、ボールを受け損なって床に転がっただけでみんなが笑ってしまう。自宅で静かに過ごしている高齢者にとっては体を動かすチャンスにもつながります。
施設ごとにレクの内容は様々です。「麻雀(マージャン)、囲碁、将棋で遊ぶ」「散歩や花見など季節の行事を行う」「本屋や雑貨店を訪問する」から「誕生日会だけしかやらない」「特に何もやらない」という施設もあります。
尾渡さんはレクが利用者の望む生活に近づくきっかけを作り、職員はそれを後押しするという重要な役目があると言います。
そのために職員は①利用者や家族との会話から利用者の思いや人となりを知る②レクを通じて利用者とどう接して自立支援するか考える③医療やリハビリ職と連携して筋力を鍛えるなど「必要な運動をレクに組み入れる」④利用者のやる気を引き出し、心身の自立や生活意欲につなげるといった取り組みをする必要があると話してくれました。
一方、デイサービスで過ごす時間だけを見るのではなく、普段の生活ぶりを知ることも重要です。例えば意欲の低下や身体機能の低下は、全体的な活動性の低下を招き、その結果、何をする気も起こらず家の中が散乱している状態になりがちです。そうしたときに、昔やっていた趣味(編み物や野球)や好きだったこと(買い物)などのキーワードを探り出して、自宅にいる時も編み物ができる環境を整えたり、歩行訓練や手足を使った運動レクを取り入れたりすることで、これまでできていた買い物や料理が続けられるようにするなど、QOLを向上させる方法を見つけることも重要だとのことでした。