認知症フレンドリーな接客方法をYouTubeで発信 広島・府中町の商人の会
2040年には認知症の人が約584万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。今回は、認知症のお客さんへの接客方法を紹介する動画を制作・公開した広島県府中町の「商人(あきんど)の会」の取り組みを取材しました。
広島県府中町で焙煎(ばいせん)コーヒー豆の販売や居酒屋、訪問理美容を経営する個人事業主のグループ「商人の会」のメンバーが、認知症のお客さんの接客方法を紹介した動画を制作して、9月下旬からYouTubeで公開しました。全国の同業者に見てもらい、認知症の人が住み慣れた町でこれまでどおりの暮らしが続けられる支援につながれば、という願いが込められています。8月下旬に府中町であった撮影にうかがい、商人たちの思いを聞きました。
残暑が厳しい8月21日の午前9時、JR山陽線・向洋(むかいなだ)駅前の居酒屋「御食事処 金太郎」(府中町桃山1丁目)に、社会福祉協議会(社協)の職員や社協が主催する「お元気サポーター」、商人の会のメンバーら13人が集まりました。この日の動画のシナリオは居酒屋を訪れた認知症の母親と娘をいかに接客するかというものです。出演者は商人の会の副代表で店主の登田章治さん(51)と認知症の母親役としてお元気サポーターの浅野恒子さん(76)、娘役は社協職員の森岡小津恵さん(38)です。店員や客も社協職員やお元気サポーターが演じました。
撮影を担当したのは商人の会メンバーの石田一真さん(30)です。動画の冒頭、母娘が来店するシーンで登田さんは、テーブル席が空いているにもかかわらず個室に案内しました。これは、認知症の人は静かな環境を好む傾向があり、母親も認知症になってから、そうした環境の方が落ち着くことが分かっていたために、あえて扉で仕切られた静かな席に案内したのでした。その後母親はトイレに向かいますが、場所がわからず店内をうろうろします。しかし居合わせた客が声をかけてトイレに誘導し、無事に用を足すことができました。今度は自分の席に戻ろうとしましたがわからず、再び店内をウロウロします。すると登田さんが母親の様子を察知して誘導し、無事に個室に戻ることができました。
約4時間かかった撮影後、登田さんは「動画の制作過程で自分自身、ものすごく勉強になりました。私の仕事は居酒屋なので、認知症の人や家族の方が来店して喜んでいただける、安心して時間を過ごしていただける店を目指します」と話しました。
※「御食事処 金太郎」の動画はこちら
シナリオを書いたのは府中町の高齢者施設「府中みどり園」施設長の小代桜(しょうだい・さくら)さんです。小代さんはこれまでの経験から認知症の人のリアルな状態を盛り込んだシナリオを書きました。監修は広島大学医系科学研究科・共生社会医学寄附講座の石井伸弥特任教授が行いました。
商人の会代表の深川暢寛さん(57)の動画は「深川珈琲」(府中町浜田3丁目)で撮影しました。近所の男性客が毎日来店し、同じコーヒー豆を買って帰ることに異変を感じた深川さんが、ある日一緒に来店した孫に、「男性は認知症かもしれないので地域包括支援センターに相談してみてはどうか」と勧めるというシナリオです。認知症でよく言われる早期発見、早期治療(症状の悪化を遅らせたり、進行を緩和したりする効果が期待でき、適切な介護サービスを受けられるようにすること)を訴えています。
※「深川珈琲」の動画はこちら
外出することがない高齢者のもとを訪れて、カットなどのサービスを提供する訪問理美容を経営する「美容サロンCOCO」の中田真貴子さん(50)の動画は、ベッドで寝ていることが多い元看護師の女性宅を訪ねるという設定です。動画では中田さんが女性宅を訪問すると、娘が母親は外出することはないので髪は短く切ってくれればいいと言います。しかし中田さんがベッドのそばに飾ってあった昔の写真を見て、看護師時代にオシャレをしていた頃のヘアスタイルにしてみましょうと提案すると、女性も気分が高まり笑顔を見せるようになりました。これは中田さんの実体験が元になっています。女性には看護師として仕事に打ち込んできたプライドがあります。そのプライドを尊重して接することが本人の「やる気」を引き出し、気持ちが生き生きとしてできることが増えたりする。つまり「認知症の人の尊厳を大切にする」というメッセージが動画には込められているのです。中田さんは「福祉美容を始めた15年ぐらい前は施設に入った人は短く切ればいいというのが主流でした。せっかくならきれいにしてあげたいと思いセットしたりカーラーで巻いたりしましたが、介護職員から猛反発されました。動画には私の仕事の役割と認知症の人に対する思いが詰まっています」と話します。
※「美容サロンCOCO」の動画はこちら
商人の会の発足は3年前に深川さんと登田さんが、府中町社協の地域福祉課課長で生活支援コーディネーターの楢山亮さんのもとを訪れて、「地元に何か還元できることができないだろうか」と相談を持ちかけたのがきっかけです。現在のメンバーは深川さん、登田さん、中田さん、石田さん以外に、久蔵寺住職の佐竹英信さん、エステサロンの金子めぐみさんや、翻訳家・フリーライター、皮工芸アーティスト、歯科医師など9人です。これまでにマルシェの開催や地方銀行との協業、地元小学校での講演などを行ってきましたが、2年前に府中町を認知症フレンドリーな町にしていくことを活動の柱にすることを決めました。
楢山さんは「商人の会の活動方針は近江商人の三方よしを見習っています。彼らは地元の商圏の近江地方にとらわれず全国に出て行きました。地元を拠点としなかったからこそ、自分たちの利益だけでなく売り手、買い手、世間(社会)のすべてが満足できるような事業活動を行いました。売り手と買い手の満足だけでなく、商売によって世間に貢献するという姿勢を大切にしています。福祉で言い換えると『支え手』『受け手』『地域』にあたり、この考えは地域の福祉力を高めることにつながると考えています」と話します。
実は楢山さんとは7、8年前から、まだ私が朝日新聞厚生文化事業団に在籍していたころからの知り合いです。数年前に楢山さんから商人の会が中心になって認知症フレンドリーな町づくりを目指したい、という相談を受けてミーティングに参加しました。そこで岩手県のスーパーで行われているスローショッピングの仕掛け人でもある地元の医師にお願いしてオンライン講演会を開いたこともあります。その後何回かのミーティングを経て、商人らしい貢献方法として「認知症フレンドリーなお店の在り方」の動画制作が決まりました。
府中町では2024年~2026年にかけての高齢者福祉計画のなかで、チームオレンジとして「BLANKETプロジェクト(毛布のように町民をやさしく包み込むプロジェクト)」を進めています。そのなかに商人の会の活動もしっかりと組み込まれています。「そもそも商売とは住民に貢献し、その代償としてお金をもらう生業(なりわい)のことです。商人とて継続していくためには結果的に利益につながることは大事ですが、前提として地域貢献の心意気が重要だと思います」という深川さんの言葉が印象に残りました。