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今日は晴天、ぼけ日和

自分の名前が出てこない! そんな私に隣の仲間が提案した新たなサイン

《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》

絵を書くひと

なんだかやっぱりおかしいぞ、と
筆ペンを持ったまま、完成した絵の前で立ちどまる。

今日は、絵のクラブ。
でも最近、これまで作品の締めにささっと書いていた、
名前の字面が出てこない。

でも、自分の名前が出てこないなんて
口にするのも恥ずかしいし、

認知症が進行したのを認めるようで、正直こわい。

「しるしを残してみたら」

ひとり落ちこんでいると、
となりで一緒に絵を描いていた女性が、僕に声をかけてきた。

「今日も山田さんの絵は、広々してて素敵ね」

どうも彼女は、いつもの僕を知ってくれているらしい。
そんな彼女には困りごとを打ち明けたくなった。

「でも名前が書けなくて」とつぶやくと、彼女は、

「アーティストのサインみたく、しるしを残してみたら」と、
提案してくれた。

そうか、と僕は筆ペンを持ちなおした。

大きな丸を添えた絵

僕はいつも名前を書いていた場所に、
えいやっ!と大きな丸を描いてみた。

新しい僕のしるしだ。

「かっこいい、まる!!」と、
となりの女性は手をたたいた。

僕の自分らしさは、まだまだ更新中だ。

私は、ご高齢者をはじめ、
認知症があったり心身が不自由になったりした方々と、
長年絵を描かせてもらっています。

継続するなかで、それまで作品に、
名前やちょっとした文章を書き添えて楽しまれていたのに、
だんだんとおひとりで文字を書くのが、難しくなってくる時があります。

私が代筆をしたり、お名前の落款を持ちだしたりするのは簡単なので、
ついつい、そうしてしまいがちです。

けれど、その後「私は手が早すぎるな」と反省するのは、
参加者さんのあいだの関わりを知るときです。

加齢や病、ときには障害で、
今までできていたことができなくなった経験がある方々には、
仲間の戸惑いを、となりでそのまま見守れる寛容さがあります。

ご本人の戸惑いを察知しては、自分自身が戸惑いのなかにいられず、
笑顔を隠れみのにサポートの機会をうかがう私とは、
思いやりの在り方そのものがちがいます。

どうしたって私は、介護福祉士ということもあり、
「どうサポートするか」という目線になってしまいがちなのです。

それは、ご本人の思いやちからを、
私自身のやりかたによって奪ってしまう側面もあります。


思いやりのもちかた。
 
世間では「弱い立場」とみなされてしまいがちな方々に、
私こそが学ばせてもらうことばかりです。

 

 

《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》

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