少しずつお互いを受け入れて 時間と共に深まった父の認知症と親子の絆
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
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紆余(うよ)曲折しつつ、ゆっくりと
進行していった、父の認知症。
あんなに豊かだった表情は、
ほんのりと浮かぶだけになった。
そして父に確認をしたことはないけれど、
どうやら私を、もう子どもとは理解していないらしい。
とはいえ、父のこの変化は、
私と父の関係性を壊すどころか、
より深めていった。
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介護をする前は、認知症の進行なんて怖いだけだったのに…。
当初、私は、こんなふうに父の下の世話を
冷静にできるとは思っていなかったし、
父だって、まさか子どもの私に、
こんな姿を見せてたまるかと思っていただろう。
けれど、徐々に父は
私の介護を受けいれてくれるようになった。
時間と共に深まった認知症は
お互いに寛容さをくれたのかもしれない。
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「お疲れさま」と、私が言う。
「お疲れさま」と父の瞳がかたる。
その瞳には父らしい光が、昔より強く存在していることを
介護してきた私は知っている。
父が認知症になってよかったなんて
決して思わないけれど、
父と私は、今また
新たな家族の道を生きている。
認知症の進行は、実際にはゆっくりであることも多いのですが、
「進行のことは怖いから考えたくない」と願うのが、
ご本人やご家族の当然の気持ちかと思います。
特に認知症の情報を、テレビやインターネットのなかでしか触れたことがない方であれば
「認知症の進行」などと聞くと、目をそむけたくなってしまうかもしれません。
けれど、決して恐れすぎることはありません。
私たちの誰もが「老い」を
程度の差はあれど、時間経過と共に受容していけるのと同様に、
認知症の深まりは、ご本人やご家族にとって、
新しい暮らしかたや関係性を
示唆してくれることが多いものです。
たとえば、認知症の進行により、
「家族が家族だと、分からなくなってしまった」というような、
それぞれが悲しみを感じるような状況も、
実際には介護の日々で育まれる、お互いの寛容さのなかで、
自然に溶け合っていく経過をたどることがあります。
認知症は、ご本人とそのご家族、または近い人たちにとって、
新しい旅のはじまりにもなり得るのです。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》
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