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認知症と間違われやすい高齢者うつ病 見極め方と、うつと認知症の関係

うつ】認知症のリスク因子を知る(国際アルツハイマー病協会/Alzheimer's Disease International)
【うつ】認知症のリスク因子を知る(国際アルツハイマー病協会)

国際アルツハイマー病協会の2023年の標語は”Never too early, never too late”(「早すぎるということもなければ、遅すぎるということもない」)です。

認知症への向き合い方として、早ければ早いほどよいものもあれば、遅くても対策をすれば諦めることはないというものもあります。

そのためには、まず認知症のリスク因子について知ることが重要であり、多くは日々の生活習慣に関連するものでもあります。12あるリスク因子の中から、その分野に詳しい有識者に認知症との関連や、できる対策について伺います。

第7回目はうつです。高齢化にともなって増加している高齢者のうつ病。認知症と間違われやすいほか、認知症と合併することも少なくありません。さらにうつが認知症発症のリスクになることも明らかになっています。高齢者のうつや認知症との関わりについて、長年高齢者の精神疾患の診療にあたっているあいせい紀年病院認知症疾患医療センター長の服部英幸医師に解説してもらいました。

高齢者の精神疾患として、認知症とならんで重要な位置をしめているのがうつ病です。うつとは、明らかな誘因や理由がなくても気分が落ち込み、空虚感や絶望感などがある状態ですが、うつ病の場合は、こうした精神症状に加えて、全身倦怠感や体重減少、睡眠障害などの身体的な症状を伴います。うつ病は診断基準にそって診断しますが、うつ状態というときには、この診断基準には当てはまらないが、精神症状はある状態を指すことが多いようです。

うつ病は若い世代でも発症しますが、高齢者のうつ病はほかの年代のうつ病と区別して「高齢者うつ病」と呼ばれることもあり、特有の誘因や症状があります。私が以前勤務していた国立長寿医療センターの「心の元気外来」を受診した患者さんへの調査によると、うつ病発症のきっかけは約半数が「自らの身体疾患発病」でした。家庭内不和や近親者の死といった心理的な要因よりも多かったのです。自らの発病といっても重い病気ばかりではなく、転んでひざを打撲した程度でも、それを機に重症のうつ病になったケースもあります。高齢者は体の状態が精神面に非常に影響を及ぼすのです。

高齢者のうつ病の症状としては、次の5つの特徴が挙げられます。

高齢者うつ病の特徴

①心気傾向
•身体的不調の訴えが目立つ
•些細な身体状態の変化や不調感に対して過敏に反応する
•身体疾患を合併している可能性もあるため注意を要する

②不安・焦燥
•安静の保持が困難となる
•訴えは依存的、誇張的、大人げない印象を与え、周囲から忌避されることがある
•周囲からの忌避により希死念慮や自殺企図が助長されることがある

③せん妄
•食欲低下、脱水、低栄養状態、電解質異常などが危険因子となる
•認知症や不眠症との鑑別が必要である

④妄想(事実でないことを確信し、説得しても応じない状態)
•心気妄想や貧困妄想が目立つ
•うつ病の改善に伴い妄想も軽快することが多い
•妄想の治療として少量の抗精神病薬が用いられることがある

⑤仮性認知症
•思考の抑制や制止は比較的急速に出現、進行する
•患者は抑うつ気分や自身の能力低下に過剰に反応することが多い
•認知症との鑑別が必要である

これらの症状は、若い世代でも起こることがありますが、高齢者の場合は目立つ傾向があります。特に身体的な不調に敏感で、家族にしょっちゅう電話をかけたり、病院を頻繁に受診したりして、不調を訴えます。もちろん高齢者の場合は、実際に病気を発症している可能性も高いので、医師は慎重に診る必要があります。不安や焦燥感も強く、自殺のリスクも高い傾向があります。また、例えば下痢や便秘があるだけで大腸がん、あるいは頭痛があるだけで脳腫瘍だと思い込むような「心気妄想」、お金があるのに「すっかりお金がなくなって医療を受けられない」と言い出すような「貧困妄想」もあります。事実はないのに他者に対して罪の意識を感じる「罪業妄想」もあり、私が経験したケースでは「30年前に自分が除草剤を使ったことで隣家の木を枯らしてしまったから、警察につかまえてほしい」と訴える方がいました。

除草剤/Getty Images
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仮性認知症は、思考の停止などのうつ病症状によって、注意力や集中力、判断力が低下して認知症のようにみえる状態です。認知症ではないので、うつ病の治療によって改善する可能性があります。一方意欲や興味、関心の低下などうつ病のような症状がある認知症もあります。

レビー小体型認知症は半数がうつ病を合併

高齢者のうつ病・うつ状態は、認知症のリスクとなります。うつ病と認知症の合併も少なくなく、レビー小体型認知症は約50%、血管性認知症は約30%、アルツハイマー型認知症は約20%が合併しているという報告もあります。なぜ合併しやすいのかは明らかになっていませんが、一因としてうつ病になって生活範囲が狭くなることから脳への刺激がなくなることが考えられます。また、研究段階ではありますが、アルツハイマー型認知症とうつ病は脳内の変化において共通の病態があり、表面に出てくる症状が異なるだけではないかという指摘もあります。

レビー小体型認知症は、さまざまな精神神経症状が出現しますが、その中で主として認知機能が低下するタイプ、幻視が出現するタイプ、せん妄が出るタイプがあると考えられています。

血管性認知症との関連も深く、脳卒中の発症後にうつ病を発症する人が一定数いることは、以前から報告されています。脳卒中によって前頭葉の働きに支障が出て、認知症を発症することなどが考えられますが、明確にはわかっていません。

主な認知症の種類については、こちらもご参照ください。
・『どんな症状?アルツハイマー型認知症 MCIとの違いや薬、検査法を名医が解説
・『レビー小体型認知症を専門医が解説 原因や前兆、なりやすい人など』 
・『「血管性認知症」は脳出血などが原因!可能な治療・予防法を徹底解説』 

高齢者のうつ病と認知症の違い。カギは睡眠障害

眠れぬひと/Getty Images
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このように高齢者のうつ病・うつ状態と認知症は合併しやすく、認知症のようにみえるうつ病、うつ病のようにみえる認知症もあり、関係は複雑です。両者の違いについて重要なポイントとなるのが、睡眠障害の有無です。認知症も経過の中で昼夜逆転などの睡眠障害が出ることがありますが、症状が出たり出なかったり、あるいはまったく出ないという人もいます。一方うつ病の人は、高い確率で睡眠障害が出現します。また、認知症の人はもの忘れを自分で強調することはありませんが、うつ病の人は自ら強調するほか、「今日は何月何日ですか?」という質問に対して認知症の人は全く違う日にちを答える一方、うつ病の人は「わかりません」と答える傾向があります。さらにうつ病の人は自分を責め、認知症の人は他人を責めるという違いもあります。

<うつと認知症の鑑別>(発症)【うつ】週か月単位、何らかの契機/【認知症】緩徐 (もの忘れの訴え方)【うつ】強調する/【認知症】自覚がない・自覚あっても生活に支障ない (答え方)【うつ】否定的答え(わからない)/【認知症】作話、つじつまをあわせる (思考内容)【うつ】自罰的/【認知症】他罰的 (失見当)【うつ】軽い割にADL障害強い/【認知症】ADLの障害と一致 (記憶障害)【うつ】軽い割にADL障害強い、最近の記憶と昔の記憶に差がない/【認知症】ADLの障害と一致、最近の記憶が主体(睡眠)【うつ】障害ある/【認知症】障害はない (日内変動)【うつ】夜間や夕刻に悪化/【認知症】変化に乏しい (持続)【うつ】数時間〜数週間/【認知症】永続的 (気分)【うつ】動揺性/【認知症】変化あり
服部英幸先生提供の資料をもとに、編集部が作成

うつ病と認知症の治療は異なるため、鑑別したうえで治療を進めることになります。特にレビー小体型認知症は、合併しているケースが多いために鑑別が難しく、薬の効き目によって最終的に診断できる場合もあります。

高齢者のうつ病治療は、基本的にはほかの世代のうつ病と同じで、抗うつ薬による治療が中心となります。ただし、レビー小体型認知症でうつ病を合併している場合、抗うつ薬の副作用が出やすくなるため注意が必要です。副作用が強く出る場合は、薬を減量する、あるいは中止することもあります。薬物療法以外では、認知行動療法などの精神療法、通電療法(電気けいれん療法)も効果的です。

リハビリ/Getty Images
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高齢者のうつ病治療で気を付けなければならないのが、長期間安静にすることで心身の機能が低下する廃用症候群です。うつ病はストレスから離れるために精神的な休養が必要になりますが、長く休養してしまうと、高齢者は特に廃用症候群になるリスクが高くなります。そこで、ある程度休養したら、機能を維持するためのリハビリをとり入れる、心身機能を復活させるような漢方薬を処方するといった工夫をしますが、それだけでは不十分なこともあります。そこで介護保険サービスの活用など、地域の生活資源を使って社会的孤立を防ぐような取り組みが重要になります。

【高齢者うつ病の治療戦略モデル】認知症との鑑別、基底にある身体疾患との関連→[急性期]精神身体的安静/薬物療法:抗うつ剤(SSRI,SNRI)、漢方薬・電気痙攣療法・認知行動療法などの精神療法/合併する認知症の治療・重症化、遷延化の阻止/治療転換時の評価→[慢性期]廃用症候群の予防・心身機能賦活/薬物療法:抗うつ剤継続、脳賦活剤(抗コリンエステラーゼ剤など)・リハビリテーション(身体、認知)・認知行動療法などの精神療法/合併する認知症の治療・重症化、遷延化の阻止→[生活支援・地域連携]QOL維持・閉じこもり予防/病診連携・デイケア、介護指導・地域における自殺予防対策
服部英幸先生提供の資料をもとに、編集部が作成

高齢者のうつは地域のサポートが不可欠

イギリスの権威ある医学誌『Lancet』では、高齢期(65歳以上)のうつ病を認知症のリスク因子の1つとしています。うつ病は、ほかのリスク因子である高血圧、糖尿病、肥満、喫煙、社会的孤立とも関わります。これらのリスク因子を予防することは、認知症だけではなく、高齢者に多いうつ病を予防することにもつながるのです。また、加齢によって心身が衰えた状態の「フレイル」も認知症だけではなく、うつ病のリスクとなります。フレイルは生活習慣などを見直すことで、健康な状態に戻れる可能性があるので、早期の適切な介入、支援が重要になります。

フレイルについては、こちらもご参照ください。
「フレイル」の予防法やチェック法 サルコペニア、ロコモとの違いは?

高齢者うつ病の予防のために

1.喪失体験が重なりやすいことに対して周囲からの援助体制
2.社会的役割が小さくなっていくことへの対処としてボランティアなどへの誘導体制の確立
3.個々人の趣味を生かす
4.身体面の健康管理がうつ病の予防となる
5.アルコールの過度の摂取はうつ病への危険因子
笑い合う仲間/Getty Images
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うつ病は適切な治療によって、改善する可能性が高い病気です。うつ病を予防したり、適切な治療を受けたりするために大事なのが、地域包括ケアシステムです。例えば地域ではボランティアや自治会など高齢者の生きがいや孤立予防につながる活動を促すこと、うつの可能性がある高齢者を見つけ出して、専門家につなげることなどが求められます。高齢者のうつ病は認知症と同様に、地域でサポートする仕組みが不可欠なのです。

地域包括ケアシステムについては、こちらもご参照ください。
地域包括ケアシステムとは? 5つの構成要素と各地の事例

うつと認知症の関連について解説してくれたのは……

服部英幸・あいせい紀年病院 認知症疾患医療センター長
服部英幸(はっとり・ひでゆき)
あいせい紀年病院 認知症疾患医療センター長
1981年、大阪大学医学部卒業。同大学精神科教室に入局後、ベルランド総合病院、美原病院、金沢医科大学病院などで高齢者の精神疾患を中心に診療。2003年から2020年までは国立長寿医療研究センターで老年精神科診療を行う。2020年から現職。精神保健指定医、精神科専門医、精神科指導医、日本老年精神医学会専門医、日本認知症学会専門医、認知症サポート医。

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