喫煙と認知症の関係とは 喫煙によって認知症の発症リスクは高まる?禁煙の効果について
取材/中寺暁子
国際アルツハイマー病協会の2023年の標語は”Never too early, never too late”(「早すぎるということもなければ、遅すぎるということもない」)です。
認知症への向き合い方として、早ければ早いほどよいものもあれば、遅くても対策をすれば諦めることはないというものもあります。
そのためには、まず認知症のリスク因子について知ることが重要であり、多くは日々の生活習慣に関連するものでもあります。12あるリスク因子の中から、その分野に詳しい有識者に認知症との関連や、できる対策について伺います。
第6回目は喫煙です。がんや脳卒中、心筋梗塞、糖尿病、COPD(慢性閉塞性肺疾患)など、さまざまな病気と関わる喫煙。福岡県久山町の地域住民を対象とした調査によって、認知症との関連も明らかになってきました。喫煙者は非喫煙者と比べて、どの程度認知症を発症するリスクが高くなるのか、禁煙は認知症予防に役立つのか。久山町の調査に長年携わっている九州大学大学院医学研究院衛生・公衆衛生学分野の二宮利治教授に解説してもらいました。
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福岡県久山町では、1985年から65歳以上の地域住民を対象に、5~7年ごとに認知症の有病率を調査しています。認知機能の低下を調べる長谷川式簡易知能評価スケールやMMSE(ミニメンタルステート)などを用いて住民の9割以上の方に検査し、認知症が疑われる人に対しては専門医が認知症かどうかを診断するという方法で調査しています。その調査によると、下のグラフのように85年から98年までは認知症の有病率が7%前後でしたが、2012年には約18%にまで増加しています。つまり地域の65歳以上の5.5人に1人が認知症ということになります。久山町は日本の平均的な高齢化率と同程度なので高齢化が進んだことも認知症の有病率が増えた一因ではありますが、認知症の有病率は高齢化を超えて増加しています。
しかし、2012年から5年経過した2017年の調査では、認知症の有病率は約16%で増加率は頭打ちとなっています。以前、2012年までのデータをもとに、各年齢層の認知症有病率が上昇し続けると仮定した場合、2025年には認知症有病者が730万人(20%)、2050年には約1千万人(27%)と推計しました(「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」【平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業】)。2017年のデータから今後も増加率が頭打ちになると考えると、認知症有病者はこの推計よりも少なくなるかもしれません。
喫煙歴が長いほど認知症のリスクも上がる
なぜ、増加率が頭打ちになってきたのか。認知症を発症するのは80代が多いですが、発症には20~30年前の生活習慣が影響することが明らかになってきています。2012年の30年前、1980年代は近年と比べると糖尿病や高血圧が医療によって十分にコントロールされておらず、喫煙率も高い状況でした。つまり医療の進歩や生活習慣の改善などによって、認知症の危険因子の影響が弱まってきていることが考えられます。これは糖尿病や高血圧をコントロールすること、生活習慣を改善することの重要性を示唆しています。
久山町研究では、認知症の危険因子を探るため、高血圧や糖尿病、喫煙との関連についても調査してきました。喫煙については、「①生涯にわたって非喫煙」「②中年期に喫煙、老年期に非喫煙」「③中年期も老年期も喫煙」という3つのグループに分けて認知症の発症率を調査しました。①を基準にした場合、アルツハイマー型認知症では②の発症リスクが1.6倍、③は2.0倍でした。血管性認知症の場合は②が1.9倍、③が2.8倍でした。喫煙は認知症の発症リスクを高めることが明らかとなったほか、喫煙習慣は、血管性認知症のみならず、アルツハイマー型認知症の発症リスクを高めることがわかりました。
血管性認知症のリスクが上がるのは、喫煙が動脈硬化を進め、脳梗塞のリスクを高めるほか、微小血管が障害を受けやすくなることが原因だと考えられます。一方、アルツハイマー型認知症のリスクも高める理由については、喫煙による微小血管障害や酸化ストレスの増加により脳の変性を促進することなどが考えられますが、現在のところ明らかになっていません。
喫煙は認知症発症に関わる心不全や脳卒中のリスク因子にもなる
喫煙は認知症の発症に直接関わるだけではなく、認知症発症に大きく関わる心不全や脳卒中の危険因子にもなります。イギリスの権威ある医学誌『Lancet』では、認知症のリスク因子として喫煙を含めた12項目(糖尿病、高血圧、肥満、過剰飲酒、運動不足、社会的孤立、大気汚染、抑うつ、頭部外傷、難聴、教育歴)を挙げていますが、このうち、喫煙と関わる可能性があるのが糖尿病や高血圧です。喫煙者は糖尿病や高血圧の発症リスクも高いと言われているためです。
また、歯周病が認知症の発症リスクを高めるという報告もありますが、喫煙者は非喫煙者に比べて歯周病にかかりやすく、悪化しやすいことがわかっています。このように喫煙習慣は他の認知症の危険因子と関連することからも、禁煙により認知症の発症リスク低下する可能性が高いと考えられます。
喫煙率は下げ止まりも、喫煙が招く様々な危険
アルツハイマー型認知症の発症を引き起こす脳の変化は中年期から起こると言われていますから、早くに禁煙するほど認知症のリスクを減らせるといえます。また、禁煙するのに遅すぎるということもありません。認知症と診断されてからでも喫煙を含めた危険因子を管理したほうが、進行が遅くなるというデータもあります。
喫煙率は減少傾向にあり、2009年には男性38.2%、女性10.9%だったのが、2019年には男性27.1%、女性7.6%となっています。ただし、ここ数年は下げ止まりの傾向もあり、30~60代の男性は喫煙率が30%を超えていること、20代男性の喫煙率が減っているのに対して20代女性の喫煙率は減っていないことなどが問題となっています。加熱式たばこの普及が、喫煙率が下げ止まりになっている理由の1つであるという指摘もあります。
多くのがんは喫煙によって危険性が増し、特に肺がんの場合、喫煙男性は非喫煙者に比べて死亡率が約4.5倍と危険性が高くなっています。心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患、脳卒中による死亡の確率についても、喫煙男性は非喫煙者に比べてそれぞれ1.7倍高くなります。そのほか呼吸器疾患や歯周病のリスクを高め、とどめが認知症と言えます。喫煙のメリットはほとんどありませんから、多くの病気の発症を防ぐためにも今後さらに喫煙率が下がっていくことが望まれます。
喫煙と認知症の関連について解説してくれたのは……
- 二宮利治(にのみや・としはる)
- 九州大学大学院医学研究院衛生・公衆衛生学分野教授
1993年、九州大学医学部卒業。九州大学医学部第二内科(現・病態機能内科学)での研修を経て、腎臓内科医として勤務。2000年に九州大学生体防御医学研究所で学位を取得後、久山町研究に入研。2008年からシドニー大学ジョージ国際保健研究所に留学。国際的な大規模臨床研究や統計解析を担当。帰国後は久山町研究の運営、管理を行うとともに生活習慣病や認知症の疫学研究を推進。2016年から現職。