「血管性認知症」は脳出血などが原因!可能な治療・予防法を徹底解説
更新日 取材/熊谷わこ
脳梗塞(こうそく)や脳出血などの脳血管障害が原因で起こる「血管性認知症」は、アルツハイマー型認知症に次いで患者数が多い認知症です。男性に多く、症状が出やすい年齢は60歳以上ですが、40代50代の働き盛りに発症することもあります。特効薬はなく完全に治すことはできませんが、原因がはっきりしているだけに予防が可能な認知症です。血管性認知症について、中村病院神経内科部長の北村伸医師に詳しく解説していただきました。
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・血管性認知症とは 特徴と原因
・症状・進行
・機能テスト・診断
・診療科(何科に行くのがいい?)
・治療
・リハビリテーション
・予防
・ご家族へのアドバイス
血管性認知症についてお話してくれるのは……
- 北村伸(きたむら・しん)
- 中村病院 神経内科・認知症疾患医療センター 神経内科部長
1976年日本医科大学医学部卒業。同大学付属第一病院内科を経て83年カナダモントリオール神経研究所に留学。99年日本医科大学武蔵小杉病院勤務、2010年内科教授。14年から特任教授として日本医科大学武蔵小杉病院認知症センター(川崎市認知症疾患医療センター)で認知症の診断治療を行う。19年4月より現職。専門領域は神経内科疾患と認知症。
【血管性認知症とは 特徴と原因】
血管性認知症は、脳に血液を送り込む血管に異常が現れ、脳の一部に血流がいきわたらなくなったり、血管が破れて出血を起こしたりしたために認知症の症状(具体的な症状は【症状・進行】の項目をご覧ください)が現れます。
血管性認知症を起こすプロセスは、大きく2つに分けられます。
一つは「脳血管障害」(脳梗塞や脳出血といった、脳の血管に障害が出た場合の総称)のあとに起こるケースです。脳梗塞では、脳の血管に血栓(血液のかたまり)が詰まったり動脈硬化で血管の内側が狭くなったりすることで血流が途絶え、その先にある神経細胞が死滅します。脳出血では、血管が破れたところや周囲の神経細胞が死滅し、認知症が起こります。
発作後あまり時間を置かずに認知症の症状が出ることもありますし、数カ月経ってから出るというケースもあります。また、1回の脳血管障害で認知症になることもあれば、何回か脳血管障害を起こしたあとになることもあります。今は脳梗塞や脳出血の治療が進歩して、ある程度予防もできるようになってきたために、その後遺症で血管性認知症になる人は減ってきています。
中高年の ほとんどにできている「脳小血管病」
もう一つは、「脳小血管病」によるものです。脳梗塞や脳出血は、脳の太い血管の詰まりや出血であることが多いのですが、脳小血管病は細い血管に起こります。細い血管の場合、自覚症状がはっきりと現れないことが多く、気づかないうちに神経細胞の死滅が広がってしまうことが少なくありません。
脳小血管病は加齢と関連があり、中高年になればほとんどの人にできていると考えられています。ただちに認知症につながるわけではありませんが、高齢になるほど脳小血管病による血管性認知症のリスクは高まります。
なお脳血管障害は「心臓の病気を持っている人や動脈硬化になりやすい人」に多いことがわかっているため、糖尿病や高血圧、脂質異常症、喫煙習慣がある人は注意が必要です。
また、頭をぶつけるなど外傷が原因で認知症のような症状がある場合は、脳と脳を守っている膜の間に血液が溜まって脳を圧迫する『慢性硬膜下血腫』が考えられます。チューブを入れて血液を抜く治療を行うと症状が改善されることが多いため、「治る認知症」とも言われています。
【症状・進行】
脳は部位ごとにさまざまな働きをしているので、神経細胞が死滅した部位によって、現れる症状も異なります。脳の「白質」という、情報を伝える経路の神経線維が死滅するケースが多く、
●以前はすんなりできたことが段取りよくできなくなる
●記憶を呼び起こすときに時間がかかる
●物忘れが多くなる
などの症状がよく見られます。
また、死滅が広範囲におよぶと、
●意欲低下や気分の落ち込み
●言葉数が減る
といった症状が出ることや、感情がコントロールできなくなって
●急に怒る、泣く、笑う
こともあります。
また、ダメージが一部の血管やその周辺にとどまっている場合は、「記憶力は落ちていても、計算したり理解したりすることは正常」というように、症状の現れ方にムラがある「まだら認知症」になりやすいことも、血管性認知症の特徴です。
●手足の麻痺
●言語や嚥下(飲み込み)の障害
●失禁
といった脳血管障害の症状をともなうことも少なくありません。
病状の進み方にも特徴があります。アルツハイマー型認知症は徐々に進行していきますが、血管性認知症は脳の血管が詰まったり破れたりするたびにガクンと階段状に悪くなるケースがよく見られます=図1。ただし細い血管が少しずつ詰まるタイプでは必ずしも階段状ではなく、ゆるやかに進行することもあります。
図1 血管性認知症の進行特徴
【機能テスト・診断】
診断は、問診、記憶力などを調べる認知機能テスト、CT(コンピューター断層映像)やMRI(核磁気共鳴画像法)による脳の画像検査の3つの結果を総合して行います。
●問診
問診では、医師が患者さんに、「いつごろからどのような症状が出ているのか」「過去に脳梗塞や脳出血を起こしたことがあるか」「糖尿病や高血圧などの基礎疾患があるか」といった質問をします。
ご家族など患者さんの普段の様子をよく知る人からも話を聞きます。具体的な症状や病歴、服用していた薬などを記したメモを持参するといいいでしょう。
また医師は、患者さんの体の診察も行います。
●認知機能テスト
認知機能テストは、認知症になると低下すると言われている記憶力、計算力、言語力、見当識(現在の日時や、自分がどこにいるかなどの状況把握力)の程度を調べる検査です。検査手順に沿って医師や心理士が質問し、どれだけ正確に答えられたのかを点数化することによって認知機能を評価します。
いくつかある認知機能テストの中でよく用いられているのは「長谷川式簡易知能評価スケール」と「MMSE検査(ミニメンタルステート検査)」です。
長谷川式簡易知能評価スケールは日本で考案された方法で、「年齢はいくつですか」「100から7を順番に引いてください」といった設問に答えていきます。30点満点中、20点以下の場合は認知症の疑いがあるとされ、点数が低いほど重度であるとされます。
MMSE検査は世界で広く使われている検査法です。11問の質問形式で解いてもらい、30点満点中、23点以下だと認知症の疑いがあるとされます。
認知機能テストは、疲れていたり緊張していたりすると、正しい検査結果が得られないこともあるので、前日はしっかり睡眠をとって体調を整えて検査を受けましょう。
●画像検査
画像検査は脳の内部を画像化し、脳の萎縮の状態、脳血管に詰まりや出血などの障害があるかどうかなどを調べる検査です。血管性認知症の場合は、脳血管障害の有無を確認する必要があるため、画像検査は不可欠と言えるでしょう。
認知症の検査で用いられる主な画像検査法は、頭部CT(コンピューター断層撮影)と頭部MRI(核磁気共鳴画像法)です。
MRIは磁場を利用した検査で、脳の血管を鮮明に映し出すことができ、細い血管の詰まりや出血もある程度わかります。ただし検査を受ける際には、狭い空間で数十分仰向けの姿勢を保たなければならないため、じっとしていられない人や閉所恐怖症の人などは検査が受けられないことがあります。また、強い磁場が発生するため、心臓ペースメーカーなど体内に金属がある人も検査が難しい場合があります。
CTは放射線を利用し、脳の内部を画像化します。MRIよりも画像の鮮明度は落ちますが、体内に金属がある人でも検査を受けることができ、短時間で撮影が可能です。
【診療科(何科に行くのがいい?)】
脳梗塞や脳出血を起こしたあとに認知症の症状が出てきたときは、その治療を受けている主治医に早めに相談するようにしてください。
糖尿病や高血圧などの持病でかかりつけ医の診察を受けている人は、かかりつけ医に相談し、認知症の専門医を紹介してもらうといいでしょう。
ふだん病院にかかっていない人は、内科や神経内科、精神科、認知症専門外来などを受診してください。
患者さんは症状を自覚していなかったり、医師に上手に伝えられなかったりする場合も多いので、家族など本人の普段の様子をよく知る人が付き添って受診するといいでしょう。
【治療】
治療は「脳血管障害の再発予防」と、「認知症の症状を抑える対症療法」が中心となります。
血管性認知症は脳血管障害の再発によって悪化することが多いですが、おおもとの原因になっている糖尿病や高血圧、心疾患などの基礎疾患を治療することが再発予防につながります。食事内容を見直す、適度な運動をする、禁煙するといった生活習慣の改善を行い、必要に応じて糖尿病であれば血糖降下薬、高血圧であれば降圧薬などの薬を使用します。
また、血のかたまりが血管に詰まって脳梗塞になるのを防ぐために、血液をサラサラにする「抗血小板薬」や「抗凝固薬」を使うこともあります。
血管性認知症によくみられる意欲低下がある場合は、脳の循環と代謝を改善する「脳循環代謝改善薬」を使います。意欲低下や気分の落ち込みに対しては「抗うつ薬」が使用されることもあります。
【リハビリテーション】
血管性認知症は、認知症の症状だけでなく手足の麻痺などの運動障害や言語障害などをともなうことが多いため、機能回復のためのリハビリテーションが重要です。
リハビリテーションは、医療機関やデイサービスなどに通って、理学療法士や作業療法士など専門家に指導してもらうこともできますし、専門家が自宅に来て行う「訪問リハビリテーション」もあります。
手足の動きが悪い場合には、関節が動く範囲を少しずつ広げるような運動をしたり、歩行訓練をしたりするほか、着替えやトイレなど日常生活に必要な動作の練習を行うこともあります。
「話せない」「ろれつが回らない」など言語障害がある場合には、言語聴覚士が原因や症状に合わせた適切な方法で、回復を図ります。
リハビリテーションをすることによって、元通りにはならなくても、残された機能を最大限まで高めることで日常の不便を減らし、できるかぎり自立した生活を送れるようにしていきます。脳にもたくさんの刺激が加わり、認知症の進行を抑える効果も期待できるので、より早い段階からリハビリテーションを受けるといいでしょう。
【予防】
血管性認知症は予防できる
アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などほとんどの認知症は、現段階では予防することはできません。しかし血管性認知症は「予防ができる認知症」です。
脳血管の動脈硬化を促進させる高血圧や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病の予防に努めることが、認知症の予防にもつながります。塩分や脂肪を摂りすぎないバランスのいい食事を摂るようにし、適度な運動、禁煙、節酒を心がけてください。
すでに生活習慣病がある人は、血管性認知症にならないようにするためにも、認知症を悪化させないためにも、しっかり病気をコントロールすることが大事です。
また、血管性認知症であっても定期的な運動や、できることを継続していくことが大切です。そして家の中に閉じこもってひとりで過ごすのではなく、いろいろな人と会話をすることを心がけましょう。
血管性認知症にかかわる要因
【ご家族へのアドバイス】
血管性認知症と診断された患者さんの特徴として、動作や反応、意思表示に時間がかかることがあります。患者さんと接するときは、時間をかけて反応を待つように心がけてください。歩行や入浴などの際も、急がせないこと。また、できない時とできる時の波もあるので、病気を理解して援助をしましょう。
何事にも取り組もうとする気持ちがなくなってしまったり、周囲への関心の低下が目立ったりするので、こちらから積極的な働きかけを行うことも大切です。
血管性認知症の初期段階では、これまでできていたことができなくなっていくことを自覚しているケースも少なくありません。つらい状況に十分に配慮し、ていねいに対応することが大切です。
また脳血管障害では、麻痺によって歩行が困難になったり、排尿障害で尿失禁が見られたり、嚥下(食事の飲み込み)障害や言語障害が出ることもあり、介護する側の負担も大きくなります。介護者は、自分が倒れてしまう前に、地域包括支援センターなどに相談し、介護サービスなどの利用を検討し、負担を少なくしましょう。負担軽減が介護を長続きさせるコツです。
(イラスト協力/朝日新聞メディアプロダクション)