アナログとデジタルを融合 高齢者の安全を見守る加古川市の取り組み
2025年には認知症の人が約700万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。今回は、認知症による行方不明者を「見守りカメラ」と「BLEタグ」の活用で、一人でも多く見つけ出そうという取り組みを進める兵庫県加古川市を取材しました。
7月はじめ、今年も警察庁が全国の認知症の行方不明者数を発表しました。昨年1年間に警察に届け出があった行方不明者は1万9039人で、前年と比べると330人増加しています。統計を取り始めた2012年以降、この数字は増加の一途をたどっています。
都道府県別では、届け出を受理した人数は兵庫県が2094人で最も多かったそうです。その兵庫県の加古川市では2017年10月から「見守りカメラ」を市内に設置し、2018年4月から「BLEタグ(発信器)」を持つ利用者の位置情報履歴を家族などがアプリで確認できる見守りサービスを導入しました。
もともとの見守りカメラ導入のきっかけは、市の刑法犯認知件数の多さでした。人口千人あたりの件数は2016年が県内ワースト4位、2017年はワースト2位でした。このため子どもの登下校時の安全確保に対する不安の声が市民の間で高まっていたそうです。また、行方不明になる認知症の高齢者の数も、加古川警察署管内(加古川市・稲美町・播磨町)で2017年の届け出件数150件から2022年の197件へと年々増加しています。
そこでこれらの問題を解決するため、まず市内全域の通学路を中心にタグの検知器が内蔵された「見守りカメラ」を設置して、タグを持つ子どもたちや高齢者の位置情報履歴を家族などがアプリで確認できるサービスを導入することになりました。2017年10月から2019年3月までに約5億3千万円かけて1475台の見守りカメラが設置されました。その後カメラは増設され、これまでに1571台が市内全域に設置されています。このなかには付近の怒声や悲鳴などの異常音を検知したり、歩行者だけでなく自動車の交通量も同時に測定するAIを搭載した「高度化見守りカメラ」150台も含まれています。
設置された見守りカメラは、市が運営するいわばインフラにあたります。実際に見守りサービスを利用したい人は、同市でタグのサービスを行う「ミマモルメ」(阪神阪急東宝グループ)か「綜合警備保障(ALSOK)」、「ジョージ・アンド・ショーン」という企業のなかから気に入った事業者を選び、個別に契約する必要があります。
利用料は初期登録料の数千円と月額利用料の数百円が必要ですが、認知症の高齢者の場合は、加古川市の負担により無料で利用できます。2023年度末の認知症の人を含む高齢者の利用者数は228人です。「新規登録は毎年約100人で逆に施設などに入所すること等で契約を解除される人が約100人。契約者数はだいたい横ばいでしょうか」と市高齢者・地域福祉課の春日淳子さんは話します。
ではタグを持つ人の位置情報はどのような仕組みで検知されているのでしょうか。事業者と契約した人は「BLEタグ」を持ちます。タグは見守りカメラに内蔵された検知器とBluetooth(ブルートゥース)でつながります。Bluetoothは近くにある物を無線でつなげることができる通信技術で、パソコンで使う無線のマウスやワイヤレスイヤホンなどでも使われています。電力の消費が少なく様々なスマートデバイスで幅広く利用されています。
タグは「今ここにいるよ」ということを無線信号で発信し、近くの見守りカメラがその信号を受信してサーバーに位置情報を伝えます。タグにはそれぞれ固有のID情報が設定されているので、たとえ同じ場所にタグを持つ利用者が何人いても個人を区別することが可能です。またタグが移動すれば別の見守りカメラが検知し、新しい位置情報を送信します。家族はアプリを使っていつでもタグを持つ人の位置情報の履歴を知ることができます。
また、令和5年度に実施されたタグの利用者を対象としたアンケートによるとタグを入れる場所では、かばんが一番多く、次に靴、鍵(キーホルダー)になるそうです。
見守りカメラ以外にも、市の施設や学校などにカメラの無い固定型検知器65台が設置されています。その他ごみ収集車など市の公用車285台、郵便局のバイク156台にも検知器が取り付けられていて、走行中にすれ違ったタグを検知することができます。
また検知器が取り付けられた電動アシスト付きの「高齢者見守り自転車」が30台あって、こちらでもタグの検知が可能です。この自転車は高齢者に長期で貸し出しされていて、検知器機能以外でも高齢者の移動履歴を確認したり急加速・急停車などのデータを収集したりして、将来、高齢者の活動状況を分析して役立てる計画です。
加古川市に隣接する播磨町は今年度中の導入が決まり現在カメラの設置場所の選定を行っています。また稲美町でも今年度中に約100台のカメラの導入を計画していて、タグを持つ人が市の境界を越えても検知が可能になるそうです。
前述のアンケートによると、回答者の約4割、73人が一時的に行方不明になった経験があったそうです。そのうちの6割を超える47人は家族がアプリを使って発見することができました。「警察に届け出る前に家族がアプリを頼りに探し始めて、位置情報から『これは以前住んでいた家の近くにいるな……』『これはよく行くスーパーの近くだな……』とか…。家族にすれば目星が付きやすいのではと思います」と市生活安全課長の大崎隆裕さんは話します。「自分が仕事をしている合間にアプリで親の居場所が確認できるので安心だ、という話もありました」と春日さんは教えてくれました。
このほか、加古川市では2016年から「地域見守り活動に関する協定」を民間企業35社(2024年8月時点)と結んでいます。新聞販売店や薬の訪問販売業者、スーパーや保険会社など、個人の自宅を訪問する業者が、配達時などの日常業務のなかで、一人暮らしの高齢者などの訪問先で異変を感じた場合は市に連絡をして、緊急時には警察や消防に通報するなどすることで速やかな支援につなげます。加古川市ではアナログとデジタルを組み合わせた、手厚いサービスで高齢者の安全を見守っていると感じました。