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今日は晴天、ぼけ日和

珈琲豆を介した父娘の連携プレー 「ありがとう」が介護の日々の潤滑油

《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》

「今日もお願いします」ゴリゴリゴリ

衣食住のほとんどに私の介助が必要になった、父。

そんな父の唯一の仕事は、
朝、珈琲豆をひくこと。

「今日もお願いします」とミルを渡すと、
父は面倒くさそうにハンドルを回し始めた。

けれどすぐに、真顔になった。
2杯分となれば、根気がいるのだ。

「できたよ」「ありがとう」

「できたよ」

今日もちょっと得意げに話す父から、
粉になった珈琲を受け取る。

「ありがとう」と私は答え、早速ドリップし始めた。

私は父にありがとうと言えるこの時間を、
実は日々の頼りにしている。

父を介護をするばかりになって、
感謝を伝えるきっかけをなくしていたから。

「お父さん、はいったよ」「ありがとう」

「お父さん、はいったよ」

私はドリップした珈琲を、机に並べた。

「ありがとう」と、父は席についた。

父の手仕事から生まれたひとときは、
今日も私たちの暮らしを照らす。

「高齢者が介護されるばかりになったら、
 生きる気力を失わないように、
 『日々の仕事』を見つけてあげてください」

それは、私の先輩である訪問介護ヘルパーさんが、方々で介護者にアドバイスされていたことです。 

『日々の仕事』とは、

花に水をあげたり、
テーブルの上を拭いたり、
珈琲をいれるのを手伝ったりなど、

どんなにささいなことでもいい、ということでした。

特に男性の高齢者は、暮らしのなかでやることを見失いがちなので、
介護者が一緒に見つける必要を説いていました。

以前、私はそのアドバイスの効果は、
高齢者、つまり介護される人にだけ発揮されるものと思っていました。

けれど今は、介護者にとっても必要なアドバイスだったと分かります。

介護をする側。
介護をされる側。

そんな一方的に見える関係が続くと、
どうしたって、家の中は息苦しくなりがちです。

しかも介護される側は申し訳なさから、ありがとうよりも
「ごめんね」や「悪いね」と口にする機会が勝ったりもします。

そんな介護される人の気持ちがいたたまれず、涙する介護者も少なくありません。

だからこそ介護される人には、動ける間は無理のない範囲で、
日々の仕事をもつ必要性があると思います。

なぜなら仕事には、それをする相手への感謝が生まれるからです。

お互いに「ありがとう」と交わす機会が、いっときでもあると、
それが、介護の日々の潤滑油にもなってくれます。

「ありがとう」

そのシンプルな言葉はいつだって、
私たちの今日を照らしてくれます。

《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》

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