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希望がもてる認知症の告知とは 取り戻したい温かな人間関係と新たな出会い

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認知症について知っておきたい基礎知識について、榊原白鳳病院(三重県)で診療情報部長を務める笠間睦医師が、お薦めの本を紹介しながら解説します。

年末年始に親子や親族らが久しぶりに集まる予定だという方も多くいることでしょう。親子ともに年を重ねた家庭では「お父さん、最近、もの忘れが多くなってきたけれど、認知症ではないか…」といったことや、「母が認知症と診断されたけれど、本人はよく分かっていないよう。どうすればいいだろう」といったことが話題になることもありそうです。

認知症ケアの先駆者である小澤 勲先生(故人)は今から19年前の2004年9月に、認知症の告知問題について朝日新聞で以下のように記しています。原文のまま記します。

これまで告知があまり進まなかったのは、社会の偏見とのかかわりが大きい。「痴呆は何もわからなくなる絶望的な病で、人に迷惑をかける」という従来のイメージが医師の告知をにぶらせ、家族を躊躇させ、本人にショックを与える。だが、痴呆はケアしだいでQOL(人生の質)がずいぶん変わる。この実践がもっと伝われば告知も広がるだろう。
医師は、従来の痴呆のイメージを払拭するよう、希望のもてるように伝えることが欠かせない。【2004年9月4日付朝日新聞・生活】

「痴呆(ちほう)」という言葉が使われていることからも、時の経過を感じます。
記事掲載後の2004年12月、厚生労働省の検討会は、「痴呆」という用語は、侮蔑的な表現であるなどとして、代わる言葉として「認知症」が最も適当だとする報告書をまとめました。以後、認知症が行政でも一般の人々の間でも使われるようになっていきました。

また、最近では、どのような病気でも、ご本人に告知をすることが主流となっています。
しかし認知症については、あまり告知が進んでいない現状があります。この連載の記事『認知症の“告知”は当たり前? 本人への伝え方とあるべきケアの形とは』(2023年7月27日)においてもお伝えしましたように「医師から病名を告知された人が43.9%で、告知されなかった人が53.9%(繁田雅弘先生らが2010年に調査)」でしたね。
認知症介護研究・研修東京センター センター長の山口晴保先生もご自身の著書『紙とペンでできる認知症診療術 笑顔の生活を支えよう』において、認知症における告知について私見を述べられておりますのでご紹介します。

年齢と告知範囲
年齢と家庭・介護の状況などを勘案して、どの範囲まで伝えるのか考えます。(p98)
発症年齢(年代)を考慮した医療
告知内容は、発症年齢を考慮して、若年性であれば、病名や予後も告げて今後の人生を一緒に考える内容が多岐にわたる複雑なものになりますし、90歳を超えていれば、「もの忘れが少し進んでいますね」とシンプルに伝えるだけのマイルドなものになるなど様々です。(p264)
【山口晴保,『紙とペンでできる認知症診療術 笑顔の生活を支えよう』, 協同医書, 2016, p98,264】
書籍『神とペンでできる認知症診療術』

このように若年性認知症におきましては、種々のことを自己決定していただく必要があり、告知を避けて通ることはできません。
だからこそ、小澤先生が上記の記事で記した『医師は、従来の痴呆のイメージを払拭するよう、希望のもてるように伝えることが欠かせない。』という一文は、医師として私自身、重く受け止めています。

さて、ここで、認知症の早期診断の意義をおさらいしておきましょう。
この連載の記事『軽度認知障害から認知機能が正常に戻る割合は? 早期診断・治療の意義とは』(2023年9月7日)においてもお伝えしましたが大切な部分ですのでもう一度記します。

4つの大きな意義があります。
1. 早期診断・早期治療により、アルツハイマー病およびレビー小体型認知症などの進行をなるべく遅らせる
2. 治療可能な認知症(「特発性正常圧水頭症」や「慢性硬膜下血腫」、「甲状腺機能低下症」など)を見逃さない
3. 初期のうちに、適切な認知症ケアの方法を指導し、「認知症の行動・心理症状」(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;BPSD)の発生を未然に防ぐ
4. 軽度認知障害(MCI:認知症とはいえないほど軽度の認知機能障害)の段階であれば、運動や生活習慣の改善によりある程度の割合の人は認知症にならずに済むか、もしくは認知機能の面で正常な状態に戻る可能性があります。

この3番目の適切なケアで認知症のBPSDを未然に防ぐことの意義についても、前述の小澤先生は、著書『痴呆を生きるということ』の中で言及されています。その鋭い観察力にはまったく驚くほかないですね。

記憶障害があろうと、見当識障害が生じようと、感情領域の侵襲はみかけほど深くはない。だから、彼らをその時々の受け答えで適当にごまかすことができないわけではない。しかし、安易な、こころのこもっていない対応あるいは放置のしっぺ返しは必ずあらわれる。たとえば、周辺症状の激化、痴呆の自然経過を超えた進行などとして、である。【小澤 勲,『痴呆を生きるということ』, 岩波新書, 2003, p205-206】
書籍「痴呆を生きるということ」

つまり、認知症の初期の段階で、きちんと認知症であることをご本人と家族に伝え、少しでも認知症についての理解を深め、認知症との適切な向き合い方をご家族に身につけてもらうことが、BPSDを未然に防ぐことにつながるのです。これは、大変大きな意義となります。

その実例を認知症ケアに長年関わってきた精神科医の高橋幸男先生が著書『認知症を受け入れる文化、そして暮らしづくり』の中で具体的に紹介して下さっています。
認知症の妄想として顕著にみられるのが、物盗られ妄想です。高橋幸男先生は、物盗られ妄想発現の〝からくり〟について、ある母娘に説明し、対処法を授けます。“からくり”とは、もともとプライドが高く勝ち気な認知症の人が、孤立し屈辱感のある状態で、自分を攻撃する人(実は一生懸命世話してくれる人)に、精いっぱいの攻撃性で対抗する過程で、物盗られ妄想が発現するという流れです。こうした妄想を解消するために、高橋先生は、2つの対処法を話しました。

まずは「お母さんありがとう」という感謝の言葉を言うこと。時候に関する話題などさりげない言葉でBさん(母:編集部注)に話しかけること。エピソード的な話題としては、最近のことより、Bさんの苦労話や思い出話など昔話の方がいいでしょう。写真を使ってもいいですし、一方的に話しかけることでもいい。ともかく会話する努力をしてもらうように話しました。それと、励ましであっても指摘を極力減らすことも重要です。
【高橋幸男,『認知症を受け入れる文化、そして暮らしづくり』, エイアールディー, 2021, p49-50】

その結果、1カ月後に娘が来院した時には、「感激しています。言われたようにしたらとてもいい。(母親に)笑顔が出るようになりました」「『隠す』と言わなくなって『見えなくなった』と自然に言うようになりました。」と、感謝の言葉を述べていったとのことです。
娘さん、お母さんとの温かい人間関係を取り戻せて良かったですよね。

書籍「認知症を受け入れる文化、そして暮らしづくり」

認知症の告知は、その先にある希望の存在がとても重要な鍵を握ることになります。
若年性アルツハイマー型認知症当事者である下坂 厚さんが著書『記憶とつなぐ』の中で「認知症になって良かったことは?」ということについて次のような私見を語っておられます。

「働いて稼ぐことが自分の価値」だと思っていた自分なのに、今では、人生に対する価値観もガラリと変わりました。毎日を精いっぱい生きること、心を開いて人と関わること、社会の役に立つことがどれだけ有意義で幸せなことかということに気づくことができました。「自分らしく生きる」ということについても、ものすごく考えるようになりましたし、前向きに考える力も行動力もつきました。【下坂 厚、下坂佳子,『記憶とつなぐ 若年性認知症と向き合う私たちのこと』,双葉社, 2022,p186-187】
書籍「記憶とつなぐ 若年性認知症と向き合う私たちのこと」

高知県在住の若年性アルツハイマー型認知症当事者である山中しのぶさんも、「認知症になって良かったことは?」という表題でFacebookに投稿されています。その内容をご紹介し(ご本人に掲載許可を頂いております)本稿を閉じたいと思います。

山中しのぶさんのFacebookより(2023年9月5日)
「認知症になって良かったことを一つだけ挙げるとしたら、認知症にならなければ出逢うことのない人達に出逢えたこと(by 山中しのぶ)」

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