顔がピリッ! 公園を歩く父にイタズラしたかわいらしい“犯人”とは
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
「そんな薄着で外に出たら、風邪をひくって!」と、
朝の玄関で、息子が私の肩をつかんだ。
——そうは言っても、今日もさほど寒さを感じない。
認知症になってから、私の体はどうも様子が変わった。
寒さや暑さを、感じにくくなったのだ。
とはいえ、息子に心配させてもいけない。
私は素直に厚着をして、ドアを開けた。
「うわっ!」
息子と公園を歩いていた私は、
反射的に大声をあげた。
「どうしたの、お父さん?」
「急に今、顔がピリッとしたんだ!」
ドキドキしながら私は、
刺激が走った、ほおをさすった。
そんな私に息子は、ほほ笑んで、
はるか頭上を指さした。
「きっと、あれが落ちてきたんだよ」
見上げると、きらり、
葉っぱに光る、朝露。
認知症とは不思議なものだな。
鈍くなるのか、敏感になるのか、
自分でもよくわからない。
やれやれと思いながら、
葉っぱのイタズラなあいさつに、
おはよう、とつぶやいた。
認知症がある人の体感は、特に様々だなと感じます。
寒暖や触感などだけでなく、
聞こえ方や見え方でも独特の感じ方をする方がいらっしゃいます。
だから例えば、ご本人が廊下から部屋に入る手前で突然、一歩を踏み出せなくなってしまった時などは、
その人なりの不快感やなにかを感じているんだろうな、と思うのです。
というのも、私は幼い頃から感覚過敏があります。
なので、高校の時は制服の上着の肌ざわりが「重く」感じ、
私服で通学していました。
制服を着るしかない時は腹痛や落ちつかなさが出て、
授業中でも長い時間、席についていられなくなりました。
まさに、はた目からは理解しづらい状態です。
そして厄介なのは、その感覚を話したところで、
「落ち着かないだけなら、我慢して制服を着なさい」と片付けられてしまいがちなことです。
なので、認知症がある人がソワソワとしているときは、
その人にしかわからない、不快な感覚があるのかもしれないと、そっと探るようにしています。
とはいえ、その方法といっても、
となりで一緒に五感を敏感にして、
ご本人をよく観察するぐらいしか、私は思いつきません。
同じ場所で耳をすませたり、
空気感を感じたり、
その人の視線のむこうに、わずかなまぶしさをとらえたり。
一緒に立ちどまれば、実際どうなのかはわからなくても、
ほんのささいなことでも共有できるはずと希望をいだきつつ、
日々、人のからだの不思議さを思っています。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》