実は退院時が要! 認知症の人は特に頼りにしたい病院の地域連携室
イラスト/天野勢津子
認知症のケアや医療の現場にある様々なバリア(壁)。どのようなバリアがあり、それを超えていくために、私たちには何ができるのでしょうか。大阪の下町で、「ものわすれクリニック」を営む松本一生先生とともに考えていきます。
病院によって得意分野がある
前回の記事では、認知症の人が入院する際に生じがちなバリアについてお話ししました。特に、認知症の行動・心理症状(BPSD)がある場合には、精神科病院での治療が必要になることが多くあります。つまり、入院する病院自体も一般の患者さんとは異なる所になることがあるのです。そうした精神科病院では、内科をはじめとする身体的な診療科が充実していないことがどうしてもあります。
逆に総合病院などでは身体面での治療はしっかりとできますが、精神科があったとしても外来診療だけである場合や、激しいBPSDに対する対応が十分にはできないことが多くあります。
このように、医療現場でも、心身の領域間の連携は簡単ではありません。
ボクも精神科医になって33年、この深くて長い「溝」に悩みつつ診療をしてきました。ただ、最近では総合病院などでも認知症認定看護師が勤務していることが増えて、入院の段階では20年前と比べるとずいぶんスムーズな連携がとれるようになってきていると思います。
退院時は入院時より大切
しかし、問題は退院時です。例として早期の胃がんが見つかり、内科病院に入院した認知症の人のケースをみていきましょう。入院中は精神科とも連携できて、手術は無事成功。術後のせん妄といった混乱もなく過ごせたとします。ご本人もご家族もひと安心と言いたいところですが、大切なのはこれからです。
まず、その人が退院して自宅に戻ってケアを受ける場合と、地域の中にある認知症グループホームなどに入居する場合では対応が異なります。
退院時のケースワークが大切
退院するときに状態が安定していて、自宅に戻ることができる場合には入院前の医療体制(かかりつけ医やかかりつけ薬局など)が活用できるでしょう。外来だけのメンタルクリニックでも薬などの調整はできますので、これまで通りの認知症ケアが続けられます。
しかし、認知症グループホームなどの高齢者施設に入居した場合、新たな医療体制を作っていく必要があります。もちろん、施設の担当医は、胃がんの経過観察はしっかりと対応してくれます。けれど、認知症の観点からのケアまで行き届かないことがあるのです。こうしたことから、当初は落ち着いていた認知症の人も、環境の変化から2か月程度、混乱(特に昼夜逆転など)が生じることがしばしば起こるのです。
みなさん、「入院前に担当していたかかりつけ医が引き続き対応すれば良いではないか」と思われるかもしれません。ただ、なかなかそうはいかないものなのです。私自身の経験からしても、そこの施設を担当している医師のことを考えると、良く知る患者さんであっても、こちらが勝手に口出しすることには躊躇してしまうものなのです。
このようなバリアを超えるためには、退院の話が出始めた頃から病院のケースワーカーに、退院後、施設に入居した場合、認知症の人に混乱が生じたときには、どのようなメンタル面での医療体制ができているのかをしっかりと聞いておきましょう。
ボクが担当した事例では、あるグループホームはそこに入居した人は必ずメンタル面も含めて施設の担当医に診てもらわなければならないルールの所もあれば、身体面はそこの医師が、メンタル面は外部の医師が担当しても良いというルールのところもありました。両者は大きく異なります。
入居する先が遠方であったりすると、これまでのかかりつけ医のままでは受診もまれになることや、かかりつけ医から出向いていくことができなくなりますし、施設の職員が同伴しての受診もできなくなるため、その人の状態をしっかりと定期的に見極めることが難しくなってしまいます。こうした場合には、これまでのかかりつけ医にこだわり続けるよりもむしろ、入居先の近くの専門医療機関に紹介状を書いてかかりつけ医を変えることで地域連携がうまくいくように思います。
要するに退院時は、入院の時よりもっとその後の体制作りのためのケースワークが大切なのです。今では多くの病院に「地域連携室」がありますので、退院前に必ずそこに相談し、退院を目指すためのケースワークだけではなく、退院後の生活全体を見据えたケースワークをしてもらいましょう。それをスムーズに行ってもらうためには、日ごろから、心配ごとや不安なことがあれば地域連携室に相談しておくとよいと思います。