身につけていない腕時計をはずそうとする母 伝えたかった体のサイン
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
「腕時計をはずさなきゃ!」
認知症がある母は、たまにこんなことを言う。
実際のところ、母は腕時計をしていない。
けれど母は必死に、
あるはずのない腕時計を、はずそうとするのだ。
はじめのころ私は、
母がおかしくなったように感じて、悲しかった。
だから「腕時計なんてしてないよ!」と、
無理やり、その行動をやめさせたこともあった。
でも深呼吸して、
母のようすをじっくり見るようにした。
すると、そんなふうに母が言うときは、
疲れていたり、トイレに行きたいときだと、
なんとなくわかるようになった。
母はおかしくなったわけじゃない。
からだのサインを、昔とは違う方法で
あらわすようになっただけ。
わかってあげられないこともいっぱいあるけれど、
のんびりゆこうね、お母さん。
認知症がある人が、
実際にはしていない、腕時計やベルトを外そうと、
必死に格闘しはじめる。
そんな状況に居合わせたことはありますか?
私自身はよく経験してきた状況なのですが、
毎回、すぐには理由がわからないので、
お互いに困ってしまうこともしばしばです。
それでも、
認知症があるご本人のからだが、
なにかの理由で、いま、不快なんだろうなということは、
なんとなくわかるもの。
疲れて歩きたくない、という理由が、
裏に潜んでいたこともあれば、
トイレを我慢していたり、
頭がぼーっとしたりして、足もとの平衡感覚が揺らいでいた、というときもありました。
原因が、わかるときもわからないときもあるのは仕方ないとして、
大切なのは、
見えない腕時計を外すのを、無理やりやめさせたりしないことだと思います。
「なんで、それを外したいんですか?」
そんな会話を重ねながら、
原因が浮かびあがってくるときもあるのですから。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》