男子トイレで「ついてくるな」 介助が必要な父に付き添えず心配な娘
《介護福祉士でイラストレーターの、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
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外出先で、一番困ること。
それは、認知症があり、
毎回介助が必要な、父のトイレだ。
小さな店内で、トイレに行きたくなった父。
私は急きょ、『介護マーク』を下げ、
男子トイレに入らせてもらえる機会をうかがった。
でも父は
「ついてくるな。みんなに迷惑がかかるから」と譲らなかった。

周りからはわからないだろうが、
父にとってトイレは難関だ。
でも介護中だからといって、
異性の私がずかずかと、男子トイレに入っていいわけがない。
そして、一緒に中に入って介助に付き添える多機能トイレは、
駅や大きな施設以外では、まだまだ少ない。
父はドアの鍵に、戸惑っていないだろうか。
うまくリハビリパンツをおろせただろうか。

私と父の、平和でささやかな日常は、
どこにいってしまったのだろう。
——でも、きっといつか。
認知症も介護も、
よのなかにもっと理解されて、
当たり前に暮らせる日がくる。
私はじっと介護マークを見つめながら、
父を待った。
例えば、喫茶店で珈琲を飲んだとき、
「ちょっと、トイレ」と、立ち寄っておく。
それは、どなたにもよくある日常かと思います。
けれど、もし自分自身や大切な人が、
そんなささいな行為さえも、
ひとりでは簡単にできなくなる日々を想像したとき、
町やよのなかはまったく別の色をおびて、見えるかもしれません。
特に、トイレ介助を必要とする人が外出をするとき困るのは、
同伴する人が異性である場合です。
こうしたときのために、たとえば近年、静岡県で『介護マーク』が考案され、
厚生労働省から各自治体を通じて、普及が呼びかけられています。
もちろん、トイレ介助での異性同伴となると、
繊細な問題であるため、介護マークがあってもなかなかスムーズにはゆかないでしょう。
それでも、介護マークを知る人が
じわじわと増えつつあるように、
認知症がある人や家族が抱える、
暮らしづらさを理解する人が増えてくれたら…。
ほんの少しずつでも、
よのなかは変わっていくのではないでしょうか。
※『介護マーク』については、以下のサイトをご参照ください。
◆厚生労働省
◆静岡県
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》
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