まるでクラブ! ポジティブな団塊世代に向け、変わるデイサービス
2025年には認知症の人が約700万人になると予想されています。近所のスーパーやコンビニ、スポーツジムや公園、交通機関にいたるまで、あらゆる場面で認知症の人と地域で生活を共にする社会が訪れます。少しずつではありますが、認知症の人の思いや立場を尊重した独自の取り組みが個人商店や企業、自治体で始まっています。各地に芽吹いた様々な試みをシリーズで紹介します。
昨年10月に65歳になった直後、介護保険被保険者証が自宅に届きました。デイサービスや要介護認定のことが頭をよぎりましたが、そこで思い出したのが母のことです。認知症と診断された母にデイサービスをすすめましたが、母はデイサービスで行われている塗り絵や工作、カラオケなどを、「なんで私があんな幼稚園児みたいなことをしないとあかんの!」と言って、かたくなに行くことを拒みました。今、私自身が高齢者になってみて、母の言っていたことも理解できるようになりました。
出生時に800万人といわれている団塊の世代全員が2025年には後期高齢者になり、後期高齢者の人口は約2200万人に膨れ上がるともみられています。そうしたなか、最近では利用者となる彼らの好みを先取りしたデイサービスが誕生しています。那覇市にクラブのようなデイサービスがあることを知り、梅雨明けの現地を訪れました。
那覇の繁華街、「国際通り」から徒歩で約10分。高級マンションが立ち並ぶ泊地区に「WAN STYLE CLUB」があります。通りに面した正面は大きなガラス張りで、入り口を入ると鮮やかな緑の布が張られたビリヤード台が目に飛び込んできました。左の壁にはフィットネスマシーンが並び、eスポーツ用のパソコンも置かれています。奥の自動マージャン卓では男性4人が遊び、その奥にあるゴルフシミュレーターでは男性がドライバーを振っていました。カウンターの後ろにいる職員に「(雰囲気が)まるでクラブのようですね」と話すと、「実際にクラブとして使ったこともありますよ」と笑っていました。
このWAN STYLE CLUBを運営しているのは沖縄本島で計4つのデイサービスを運営する株式会社「WAN STYLE」です。社長は作業療法士でもある39歳の知花朋弥さん。沖縄県出身で高知県内の病院や沖縄県内の福祉施設などで働いた後、34歳のときに沖縄市にオシャレな施設でオシャレな職員が働くコンセプトのデイサービス「WAN STYLE」を開業しました。2020年には同市泡瀬4丁目に、安室奈美恵さんらが輩出した「沖縄アクターズスクール」出身の職員が利用者と一緒にオールディーズ音楽で踊る「WAN STYLE+」、2022年1月にはうるま市で利用者が就労に取り組む「WAN STYLE JOB」、そして同年年11月にこのWAN STYLE CLUBをオープンさせました。月商は4店舗合わせて1800万円。利用者も1日100人います。知花さんは「一言で沖縄と言っても土地柄があって、WAN STYLE+は嘉手納基地に近いのでアメリカの文化も入り混じった独特の場所です。利用者のなかには若いころに基地でアメリカ文化の影響を受けた人も多く、オールディーズ音楽もすんなりと受け入れられました。那覇市泊1丁目の施設は富裕層の多い地区なので高級感を醸し出しています。実際、家族からここは(デイサービスではなくて)高級スポーツクラブだからと言われて通っている利用者もいます」と話します。
WAN STYLE CLUBに通う利用者の年齢は50~95歳。要支援から要介護1、2までの利用者が約9割と、介護度が低い利用者が大半を占めます。そしてここにはデイサービスで定番の入浴がありません。知花さんは「ここは様々な活動、アクティビティーをやってもらうための施設です。入浴が目的なら他のデイサービスを利用してもらえばいい」ときっぱり。それ以外にもユニークな点がいろいろあって、職員はジャージやポロシャツではなくグレーのスーツ姿で無線のインカムを装着しています。利用者には福祉施設ではなくホテルのようなレジャー施設に来ていると感じてほしいというのが理由です。
なかでも私が一番納得したのは、利用者がトイレに行くときや施設内の移動時に過度に介助を行わず、なるべく本人が自立して移動できるように見守っていることでした。「デイサービスに来ているときに過度な介助を受けることによって、自宅で自立できなくなったら意味がありません。どこでも自立した活動をしてほしいので、私たちはデイサービスで過度な介助はしません」と知花さんは話します。
そもそも知花さんが起業したのも、働いていた福祉施設での経験から「利用者は本当にこれが楽しいのだろうか……」と疑問を感じたからです。会社名のワンスタイルの「ワン」は、沖縄の言葉で「自分自身」を表します。利用者が自分らしく過ごせる施設を目指して社名を考えたそうです。さらにワンスタイルでは求人広告を出すときに、業種を福祉だけではなくサービス業に設定することもあります。2022年8月にプロバスケットボールチーム「琉球ゴールデンキングス」のオフィシャルパートナーになったのも、名だたる沖縄の企業と同じスポンサーであることを示せば、福祉に関心の少なかった若い世代にアピールできると考えたからです。パート職員の時給も最低賃金が現在853円の沖縄県で、1200円にしました。利用者だけでなく職員も自分らしく働ける職場を目指しています。知花さんの話から、これまでの福祉の概念を変えていこうという気概を感じました。
利用者の世代が変わっていくなかで、デイサービスはどのような変化を求められるのか……。少子高齢化社会の在り方を研究している「未来ビジョン研究所」所長の阪本節郎さんは、団塊の世代は前の世代とは全くと言ってもいいほど価値観が大きく変化した「ニューセブンティ(新しい70代)」だと言います。「高度成長期に日本の繁栄を築いた自負があり、同時に様々な新しい文化も生み出した。引退した今はNISA(少額投資非課税制度)などの資産運用にも積極的」と分析します。
2020年に同研究所が40代~70代を対象に行った、自分がこうありたいと思う大人像について聞く調査では、「既成概念にとらわれない柔軟な考えを持った大人でありたい」「いつまでも若々しい大人でありたい」など理想の大人像のうち7項目で、肯定して答えた70代の割合が各世代のなかでトップでした。「ニューセブンティはいつまでも新しいことにチャレンジできて、お金の面でも余裕があり、旅行やグルメにも関心が高く、健康にも気を使っている世代。これからのデイサービスの運営も、これらを考慮したサービス提供を目指せばいいのでは」と阪本さんは言います。
では、具体的にどんなサービスがあるのでしょうか。阪本さんによると、キーワードの一つは「集う」だといいます。「とにかく集うことが大好きな世代なので、職員がお膳立てしなくてもギター1本あれば自発的にみんなが歌い始めるのではないでしょうか」と話します。また、出張で国内外の美味を知った団塊の世代にとって「グルメ」も欠かせない要素です。「美味しい昼食の提供は重要です」と阪本さん。東京都新宿区にある一軒家を使ったデイサービスはサロンのような雰囲気で、盛り付けも含めた良質の食事の提供を含め、施設を取り巻く自然環境やBGM音楽、室内のアロマやお香などにこだわった、五感を刺激するサービスで人気があると教えてくれました。
さらに「エクササイズ」も関心が高い項目です。団塊の世代は若いころ、当時アメリカで注目されていたジョギングやヨガ、フィットネスなどの新しい文化をいち早く取り入れて日本で流行させました。高齢になっても体を鍛えて健康を維持している人は多く、「デイサービスでもニーズが高いはず」と阪本さんは言います。例えば、福岡県太宰府市には機能訓練特化型デイサービスとして日常生活動作訓練が可能な模擬家屋を施設内に設置し、日常生活に必要な動作を理学療法士などの専門チームがサポートする施設もあるのです。
知花さんや阪本さんの話を聞いて、私は随分気分が楽になりました。朝、デイサービスに行くと淹(い)れたてのコーヒーが提供されて、その後はエクササイズに励み、ランチは揚げたての天ぷら。午後は利用者仲間が演奏するギターに合わせてフォークソングやポップスをみんなで合唱するか、大好きな洋画を見て過ごす。そしておやつの時間は紅茶とクッキー……。もちろん私の妄想ですが、こんなデイサービスがいつか現れることを願っています。
- 【団塊の世代とは】
- 第1次ベビーブームが起きた時期に生まれた世代。戦中生まれや戦後の焼け跡世代の次世代に当たり、1947(昭和22)年~1949(昭和24)年の3年間に生まれて、文化的な面や思想的な面で共通している戦後世代。大学進学した人にとって学生運動が最も盛んな時期に相当する。厚生労働省の統計によると3年間の合計出生数は約806万人にのぼる。