介護認定を受け直すことはできるか? 【アラフィフ・ナオコさんのあるある日記~伯母さんが認知症編(2)】
作・渡辺千鶴・岩崎賢一、イラスト・ゆぜゆきこ
埼玉県内のマンションで一人暮らしを続けていたナオコさんの伯母ヨシエさん(83)に軽度の認知症の疑いが……。東京都内で共働きをする姪のナオコさん(53)が駆け付け、かかりつけ医のアドバイスに従い、介護保険の要介護認定を申請しました。ところが届いた判定結果は「要支援2」。何度も同じことを聞いたり、ひきこもったりするなど伯母さんには明らかな異変がみられると思っていたため、介護保険制度に不慣れなナオコさんは納得ができませんでした。認知症の人が正しい判定を受けるために、家族はどのようなことに注意すればよいのでしょうか? 一緒に考えてみましょう。
訪問調査……ありのままの姿を知ってもらいましょう
介護保険の要介護認定の申請手続きで、ナオコさんはやってはいけないことをやってしまいました。それは、訪問調査のとき、来客が来ると捉え、気を利かせて家の中を片づけてしまったことです。他人に散らかっている部屋を見られたくないというナオコさんの気持ちはよく分かります。
しかし、介護の手間がどのくらいかかっているのかを調べるのが訪問調査の目的です。訪問調査員には実情を理解してもらう必要があります。伯母さんが自立した生活を送ることが難しくなっていることを訪問調査で実感してもらったほうが得策だったのです。
振り返ってみれば、市役所の職員が地域包括支援センターのことをせっかく教えてくれたのに、相談を後回しにしてしまったことがナオコさんの失敗でした。
不慣れは誰でも……地域包括支援センターのケアマネに事前に相談しよう
1回の訪問調査で、認知症の人が置かれた状況を正しく理解してもらうためには、家族もそれなりの準備が必要です。やっておきたい事前準備として、次の三つがあります。
●訪問調査の事前準備で大切なこと
① 訪問調査の質問項目にあらかじめ目を通し、どのように答えるのかじっくり考えておく
② 介護記録をつけておく
③ 調査を受ける際は患者の普段の様子をよく知っている人が複数人で対応する
こうしたことが大切だとされています。しかし、これまで介護保険の保険料は払っていても、要介護認定の申請とは無縁だった一般の人たちにとって、特に①の準備を自分たちだけで行うのはなかなか大変です。このようなときに相談したいのが地域包括支援センターのケアマネジャーです。
地域包括支援センターのケアマネジャーには、認知症の状態や普段の生活の様子、本人や家族が困っていることなどを正直に話したうえで、訪問調査の質問項目にどのように答えれば正しく状況を理解してもらえるのか、具体的にアドバイスをしてもらうといいでしょう。
さらに訪問調査員に本人の様子を伝えるうえで気をつけたいポイントは次の通りです。
●訪問調査員に本人の状態を伝えるうえで気をつけたいポイント
食事、排泄、着替え、移動などの生活基本動作については、「概ね一人でできる」ではなく、「この部分は介助が必要」「この部分は一人ではできない」といった感じで自分ではできないことをしっかり伝えることが重要です。同時に「自宅が狭く、車イスで室内移動ができない」「賃貸住宅なので手すりをつけられない」などの住環境の限界についても伝えましょう。
訪問調査員が来訪したときはみられない認知症の症状についても「同じことを何度も聞いてくる」「ゴミ出しの日がわからなくなっている」「外に出たがらない」など、実例を挙げて具体的に説明しましょう。
なお、訪問調査票とともに介護認定審査会の判定に大きな影響力を持つ「主治医の意見書」にも正確な情報を記載してもらうことがとても大切です。そのためには主治医が意見書を作成する前に上記の注意点をまとめたメモ、あるいは介護記録のコピーなどを渡し、主治医にも理解を深めてもらうようにするといいかもしれません。
要介護認定の変更……様子をみて区分変更手続きという方法もあります
自分の失敗に気づいたナオコさんは、要介護認定の審査を受け直し、要介護度を正しく判定してもらいたいと考えました。インターネットで検索してみると、介護保険法第183条の規定に基づき不服申し立ての制度があることを知りました。これは要介護認定の判定結果を知った翌日から原則として3カ月以内に、各都道府県の介護保険審査会に審査請求できる仕組みです。ただし、裁定結果が出るまでに数カ月かかる場合があります。
(うーん、不服申し立てとは……。ケンカを売っているようで心理的にハードルが高い制度だわ……。それに新しい判定結果が出るまでに時間もかかりそうだから、介護サービスを早く使いたい伯母さんには考えものね……)
しかし、諦めきれないナオコさんは、ダメ元で地域包括支援センターのケアマネジャーに相談することにしました。するとケアマネジャーは「希望する要介護度に認定されない可能性はありますが、要介護認定を受け直すには区分変更という方法もありますよ」と提案してくれたのです。
区分変更とは、要介護認定を受けている人で身体的や精神的な状態に変化があった場合、認定有効期間内(新規は原則6カ月ですが状態によって3カ月~12カ月に審査会で設定)でも更新時期を待たずに要介護認定の区分変更の審査を受けられるという仕組みです。申請の手続きは本人や家族が行うのが原則ですが、ケアマネジャーが代行することも可能です。
ナオコさんは、地域包括支援センターのケアマネジャーに教わりながら書類を作成し、市役所の窓口に「要介護・要支援認定の区分変更申請」を提出しました。
そして、ケアマネジャーのアドバイスに従って訪問調査に備えて準備を始めました。
(できるだけ具体的に状況を説明することが大事なのよね……)
このポイントを念頭に置いて、当日しっかり受け答えができるようにナオコさんはメモを作成することにしました。さらに、当日は伯母さんの普段の様子を最もよく知っている隣人にも同席してもらいました。
区分変更の申請から約1カ月。伯母さんのもとに通知が届きました。ナオコさんの努力が実を結び、区分変更され「要介護2」の判定となりました。これで一安心です。さて、次は何をすればいいのでしょうか?
「ケアマネジャーに依頼し、どのような介護保険サービスをどれぐらい利用するのかを決めるケアプランを作成します。そのケアプランに従って介護サービスが始まります。このリストに掲載されている居宅介護支援事業者の中から契約するケアマネジャーを選んでください」
こう説明を受けたナオコさんは1冊の冊子を手渡されました。それは、伯母が住む市内で活動する介護サービス事業者のガイドブックでした。さっそく居宅介護事業者のページをめくってみると50カ所の居宅介護支援事業者が掲載されていました。そのリストからナオコさんが入手できる情報は、経営母体、所在地、電話受付時間、ケアマネジャーの人数、併設するサービスの5項目です。
「あの……、事業者が多すぎるし、これだけの情報ではどう選べばいいのでしょうか?」
ナオコさんは地域包括支援センターの窓口の人に聞いてみました。
「利用者さんの状況によっては、ケアマネジャーさんにひんぱんに自宅に来てもらうことになるようです。その際の交通費は利用者さんの自己負担になるので、自宅に近い事業者のケアマネジャーを選ばれることが多いみたいですよ」
「確かに自宅に近いと何かと便利ですよね」
ナオコさんは納得していましたが、本当にそれだけの理由で選んでしまっていいのでしょうか? 認知症の人をサポートしてもらうには、どのようなタイプのケアマネジャーがいいのでしょうか? その選び方について次回考えてみたいと思います。
*このお話は次回に続きます。次回の記事の公開のお知らせ等は、この連載記事を掲載している「project50s」のLINE公式アカウントで「お友だち」になると公開メッセージなどが届きます。末尾のバナーリンクから「project50s LINE公式アカウント」(@project50s)にお進みください。
- ナオコさんのポイントチェック
- 解決策①
訪問調査の目的は「介護の手間がどのくらいかかっているのか」を調べることなので、ありのままの生活の様子を見てもらうことが大事です。自立に関する質問についても、本人も家族もできるだけ自立しようとがんばっていることを伝えることと、ありのままの実情を伝えることは違います。
解決策②
地域包括支援センターのケアマネジャーに相談し、訪問調査の質問項目にどのように答えれば正しく状況を理解してもらえるのか、具体的にアドバイスしてもらいましょう。
解決策③
介護認定審査会の判定に大きな影響力を持つ「主治医の意見書」にも正確な情報を記載してもらうことが大切です。家族は記録などをもとに、主治医にも普段の様子をよく伝えておくようにしましょう。
解決策④
要介護認定の審査を受け直したいときは、まずケアマネジャーに相談し「区分変更」の申請を行うことを相談するといいでしょう。その方法が難しい場合は、各都道府県の介護保険審査会に審査請求できる「不服申し立て」の制度を使うことを考えるようにするといいでしょう。
おことわり
この連載は、架空の家族を設定し、身近に起こりうる医療や介護にまつわる悩みの対処法を、家族の視点を重視したストーリー風の記事にすることで、制度を読みやすく紹介したものです。
- 渡辺千鶴(わたなべ・ちづる)
- 愛媛県生まれ。医療系出版社を経て、1996年よりフリーランスの医療ライター。著書に『発症から看取りまで認知症ケアがわかる本』(洋泉社)などがあるほか、共著に『日本全国病院<実力度>ランキング』(宝島社)、『がん―命を託せる名医』(世界文化社)がある。東京大学医療政策人材養成講座1期生。総合女性誌『家庭画報』の医学ページを担当し、『長谷川父子が語る認知症の向き合い方・寄り添い方』などを企画執筆したほか、現在は『がんまるごと大百科』を連載中。
- 岩崎賢一(いわさき・けんいち)
- 埼玉県生まれ。朝日新聞社入社後、くらし編集部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部、オピニオン編集部などで主に医療や介護の政策と現場をつなぐ記事を執筆。医療系サイト『アピタル』やオピニオンサイト『論座』、バーティカルメディア『telling.』や『なかまぁる』で編集者。現在は、アラフィフから50代をメインターゲットにしたコンテンツ&セミナーをプロデュースする『project50s』を担当。シニア事業部のメディアプランナー。