ポケットから出した「名刺」代わりの大切なモノ 気になるあなたの反応は
《介護士でマンガ家の、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
最近、もの忘れが多い俺の
ポケットの中の大切な「これ」
隣のあんたに見せてみるか?
いやいや隠したままでいるか?
それが悩みどころだ。
見せたところで
「前に見ましたよ」と
あきれた声を出されるかもしれない。
「なんですか、これ」と
バカにされるかもしれない。
だから慎重に、慎重に。
思いきって見せた、いつもの種。
うれしそうに笑ってくれてるけど、
きっとあんたは見たことあんだな。
あんたは優しい人だな。
だから安心して、俺は話せるんだ。
「この種は、昔な……」
高齢になったり、認知症が進んだりして、
以前より会話のキャッチボールが
難しくなった人のなかには、
まるで名刺のような「なにか」を持ち歩いている方が
ちらほら、いらっしゃいます。
それは育てていた花の種や、
歴代の総理大臣の名前を書き留めたメモ、
歌詞の印刷された絵はがきなどと
人によってさまざまです。
言うならばそれらは
「自己紹介に代わるもの」と、
呼んでもいいのかもしれません。
それを相手の目の前にさし出して、
ご自身から会話の糸口をひらいてくださるわけです。
——さて、はたして。
私が今よりコミュニケーションスキルが衰えたとき、
この方法を私自身も試せるか?
そう考えると、後ずさりするような心もちになります。
なぜなら、これまでに皆さまがそれぞれに見せてくださったものは、
その人にとっての「かけがえのないもの」ばかりだったからです。
自分という人を語らせる、なにか。
今、自宅を見回していくつか選んでも、
私はこれらを人前にさらす勇気が湧きません。
それでも誰かとつながっていくために、
自分自身に代わるような大切なものを
差し出す人がいらっしゃる。
あなたの心はどうやって
それを受け取るのでしょうか?
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》