認知症とともにあるウェブメディア

今日は晴天、ぼけ日和

ヘルプマークを付けた人 手伝いたいと思ったとき ヒントは裏面にある

《介護士でマンガ家の、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》

ヘルプマークを付けた人

ヘルプマークを付けた人が、
道ばたを険しい顔で
うろちょろしている。

でもアレを付けているからって、
こっちはどうすればいいわけ?

どう見たって、普通に見えるし、
スマホだって、持っているだろ?

「大丈夫ですか?」と声を掛ける人

波立つ心にあらがえず、

つい、「ダイジョウブですか?」と
声をかけた。

「はい」と、その人は答えた。
全然、大丈夫じゃない顔で。

やめてくれ、俺にはどうにもできないよ。
——でも。

ヘルプマークの裏「私は認知症があります。時々言葉が出づらくなったり道に迷うことがあります。大変に恐縮ですが以下の番号へ連絡して頂けますか? 03-3×××-5×××」

「ちょっとそのカード、見せてもらえますか?」

失礼かもしれないが、そう聞いた。
でも、その人は明らかに、
ほっとした顔になった。

大丈夫だ。
自分にも、なにかできるかもしれない。

ヘルプマークを付けた人が、目の前にいる。
——そんな時、あなたならどうしますか?

認知症がある人や、障害がある人と過ごした経験がある人ならば、
「困っていそうだったら、声をかけよう」という
自然な流れになるでしょう。

けれどそうじゃない人にとっては
「ヘルプマークを付けているからって、どうすればいいの?」
と力んでしまいがちです。

しかもその力みは、感情を揺さぶるので、
「自分は見ないようにしよう」と
無関心に置き換えてしまう場合もあります。

けれど、それは
本当は人に気持ちを向けている人たちにとって、
もったいないことです。

だからヘルプマークは、
援助や配慮を必要としている人のためだけではなく、
思いがあるのに手を差し伸べづらい人のためにもある、と
考えてみてはどうでしょうか?

実際、ヘルプマークは、
人と人のあいだに存在して、
はじめてその役割を果たします。

例えばヘルプマークは裏面には、
個々によって違いはありますが、
マークを付けている事情や、希望が記入されています。

困っていそうな人がいたら、

「ヘルプマークを見せてもらえませんか?」

——そんな一言からはじめることも、できるのです。

とても勇気がいる一言です。
断られる場合もあるでしょう。
でも、確実になにかが変わります。

それは、自分自身をとなり人にひらく
大きな一歩になるかもしれません。

《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》

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