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アンガーマネジメントから始まるケア

私の「期待値」 相手の怒りを招く自分にとっての「当たり前」【アンガーマネジメントから始まるケア(15)】

何げない日常生活の行為が、ときには相手の怒りを招くことがあります。忙しさが日常的な介護や医療の現場でも、みなさんの日常生活でもあると思います。介護や医療のアンガーマネジメントに詳しい横浜市立大学医学部看護学科講師の田辺有理子さんと一緒に考えてみましょう。(なかまぁる編集部)

違和感、物足りなさから怒りに

先日いつものパン屋に寄ったら、新しい店員さんがいました。すでに一通りの仕事はできるようです。一人でレジを打って袋詰めもそつなくこなしていました。でも、何となく違和感があり、お店を出てしばらく考えていたら気づきました。

冷えたサンドイッチと焼きたてで熱々のカレーパンが一つの袋に一緒に入っていました。このパン屋では、冷たいパンと焼き立てのパンはいつも袋を分けてくれていたので、いつの間にかそれが当たり前になっていて、袋を分けてくれなかったことに物足りなさを感じたのでした。それだけのことなので、お店に引き返して怒ることはしませんが、これをアンガーマネジメントの視点で分析してみまましょう。

介護される側からみた「期待値」

怒りの引き金の一つに、ものごとに対する期待があります。これまで冷たいものと熱いものを分けてもらった経験がなければ何とも思わないのですが、袋を分けてくれるのが「当たり前」になると、袋を分けてもらえないときに不満や怒りを生じる場合があります。相手に対して何をどの程度期待するかは、人によって異なります。私は「何となく変だな」という程度でしたが、パン屋のベテラン店員やコンビニの店員など、普段から商品の袋詰めを仕事としている人なら怒ってしまうかもしれません。

自分の期待通りにならない現実に対して怒りが生じるわけですが、この期待は自分が「当たり前」、このくらいはできて「当然」と思っているレベルであり、自分にとって「当たり前」であるがゆえに自分では気づきにくいことがあります。

場面を介護の場に移してみましょう。介助のひとつをみても、上手な人もいれば、手技は正しいけど何となくイマイチな人もいます。車いすや歩行を介助してもらうのも、食事でも入浴でも安心感のある介護職員もいれば、おぼつかない介護職員もいます。私がパン屋の客として「怒るほどのことでもない」と思うように、利用者の立場で「怒るほどでもないけど少々不快」ということもあると思います。

違和感が小さければ、利用者はわざわざ訴えないでしょう。そもそもその違和感を明確に説明するのは難しいことです。ただし、相手が不快に感じるケアは、身体に直接影響しますし、痛みや苦痛を伴うこともあります。介護を受けるほうは介護事業者や介護職員へある程度の水準を期待し、専門的な知識や技術を持っているのは「当たり前」と思っているでしょうから、小さな違和感が不安や不信感へ、ひいては怒りにつながることもあり得ます。

職員による個人差を感じさせないために

介護の現場では、多様なキャリアの人々が働いています。専門職の資格があり、働きながら勉強して知識や技術を身につけ、試験に合格して資格を取得する人もいますし、養成校などで学びを重ねて就職する人もいます。

先ほどのパン屋の店員さんのように一通りの仕事をこなせるようになっても、一人ひとりが安全や安心なケアを提供できるようになるためには、長期に渡る研鑽(けんさん)が必要です。そのため、介護現場では利用者の安全を守るための厳重な対策や教育体制が整備されています。

「コツ」や経験から体得した「技」を伝えられるか

再び怒りの引き金という視点に戻ると、利用者が少々不快と感じても、その引き金となった期待値を明確に説明するのは難しいことです。これは、新入職員を教育する担当者にも言えることです。ベテランの職員は、処置や介助をする際に苦痛や負担の少ない方法を経験的に理解していて、意識せずとも自然に身体が動きます。新人は教えられた通りにやってもぎこちなく、ベテランは自分にとって「当たり前」のことができないとイラッとすることがあります。でも、自分では当たり前にやっているちょっとした「コツ」や経験から体得した「技」を伝えられるか否かは教育する側にかかっています。

さて、私がお昼に食べようと思ったサンドイッチとカレーパンはというと、サンドイッチが温まってしまうのも嫌でカレーパンを袋から取り出してみたものの、ほかの袋も持っていなかったので、結局そのまま食べてしまいました。怒るほどでもない出来事への対処はこんなものかもしれません。

次回は、「認知症の介護 『笑顔の循環』をもたらす四つのポイント」をテーマに考えていきます。

【終了しました】田辺有理子さんを講師に招き、セミナーを開催します

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田辺有理子(たなべ ゆりこ)
横浜市立大学医学部看護学科講師
精神看護専門看護師、保健師、精神保健福祉士、公認心理師
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会アンガーマネジメントファシリテーター(R)
看護師として大学病院勤務を経て、2006年より大学教員として看護教育に携わり、2013年より現職。医療・介護・福祉分野を中心に、介護ストレス、虐待防止などに関して、アンガーマネジメントやメンタルヘルスなどの研修、情報発信を行っている。
単著「イライラとうまく付き合う介護職になる! アンガーマネジメントのすすめ」(中央法規出版,2016)、「イライラと賢くつきあい活気ある職場をつくる 介護リーダーのためのアンガーマネジメント活用法」(第一法規,2017)、「ナースのためのアンガーマネジメント 怒りに支配されない自分をつくる7つの視点」(メヂカルフレンド社,2018)、「怒った人に振り回されない自分をつくる ナースのためのアンガーマネジメント2」(メヂカルフレンド社,2022)、共著「精神に病をもつ人の看取り:その人らしさを支える手がかり」(精神看護出版,2021)、雑誌「介護人財」(日総研出版)で2021年5月から「ゆりこ先生のちょっとこころを軽くする話」を連載中。

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