不要な怒りに振り回されないために 職場の人間関係が人手不足の原因に【アンガーマネジメントから始まるケア(11)】
文:田辺有理子 イラスト:ゆぜゆきこ 構成・インフォ:岩崎賢一
不要な怒りに振り回されないために注意すべき点の一つに、職場の人間関係があります。怒りの感情は、身近な人に対して強くなりやすいという性質があります。利用者や患者にケアや治療をする介護や医療といった職場は、二重の意味で注意が必要です。介護や医療のアンガーマネジメントに詳しい横浜市立大学医学部看護学科講師の田辺有理子さんと一緒に考えてみましょう。(なかまぁる編集部)
「人との関わり」を避けられない介護、医療、福祉の仕事
「人に関わりたい」とか、「誰かのために何かをしたい」とか、そんな志を持って介護や医療、福祉の仕事を選んだ人もいるでしょう。そして今もそのような思いを持ちながら日々の仕事に取り組んでいることでしょう。もし、そうでなかったとしても、対人援助の仕事は「人との関わり」なしには成り立ちません。
「人との関わり」は難しいものです。ケアの対象者やその家族との関わりも、すべてが順調なわけではありません。良かれと思って行ったとしても、うまくいかないこともあり、日々より良いケアに向けて悩みは尽きないでしょう。
職員も、人それぞれ性格や考え方は異なります。職員同士も人と人との関わりですから、悩みを抱える人も多いのではないでしょうか。
職場の人間関係が人手不足の原因に
厚生労働省が毎年テーマを変えながら労働安全衛生に関する調査を行っています。2022年7月に公表された2021年の「労働安全衛生調査(実態調査)」の事業所調査の概要をみてみましょう。過去1年間にメンタルヘルス不調により1カ月以上休業したり、退職したりした労働者がいたという事業所の割合は、職種別の統計(複数回答)でみると、「電気・ガス・熱供給・水道業」(34.8%)、「情報通信業」(29.6%)、「複合サービス事業」(23.4%)、「学術研究、専門・技術サービス業」(17.7%)、「金融業、保険業」(17.1%)、「製造業」(15.9%)、「教育、学習支援業」(12.0%)、「サービス業(他に分類されないもの)」(10.9%)、「医療、福祉」(10.4%)などと続いています。
◇参考:厚生労働省 令和3年「労働安全衛生調査(実態調査)」の事業所調査の概要(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r03-46-50_kekka-gaiyo01.pdf)
介護労働安全センターが実施した2021年度の介護労働実態調査「介護労働者の就業実態と就業意識調査報告書」によると、「前職を辞めた理由」は「職場の人間関係に問題があったため」が 18.86%で一番多く、男女差や都道府県差があるものの人間関係が離職を招いている原因として大きいことが分かります。
◇参考:介護労働安全センター 令和3年度「介護労働者の就業実態と就業意識調査」(http://www.kaigo-center.or.jp/report/pdf/2022r01_chousa_cw_kekka.pdf)
ねたみやひがみなども身近な人に強く表れやすい
介護施設や病院ならさまざまな職種が連携しながらチームとしてケアや治療を提供します。だからこそ、良好な人間関係を保つことは職場環境の重要な要素になります。しかし、職員一人ひとりは年齢も性格も考え方も違いますし、資格や受けた教育も異なります。介護や福祉の現場では、多様なキャリアを持った人が一緒に働いているでしょう。人が集まれば、意見が対立することがあります。パワーハラスメントや職場内のいじめなど、職員同士の人間関係に課題を抱える組織は少なくないと思います。
怒りの感情には、身近な人に対して強くなりやすいという性質があります。毎日顔を合わせているからこそ、イラっとしたり対立したりするのです。ねたみやひがみなども身近な人に強く表れやすい傾向があります。
相手をコントロールできるという思い込み
身近な人にイラっとしやすいのは、いつも一緒にいるのだから自分のことを分かってくれているだろうという期待や、言った通りに動いてくれるはず、といった相手をコントロールできるという思い込みなどが影響します。新入職員を指導したら、「説明したのにどうしてできないの?」とハラハラしたりイライラしたりします。
他の部署の出来事を聞いていると、客観的にアドバイスできるのに、自分の部下だと冷静ではいられないことがあります。仕事では冷静でいられるのに、家族に対しては怒ってしまうという人も、家族がより近い存在だからと言えるでしょう。
ねたみやひがみも、身近な人に対して抱きやすいもので、自分と相手を比べて自分の気持ちが揺さぶられてしまうからです。著名人や別世界で大活躍している人に対しては、自分にプラスになることを学ぼうという姿勢になることがありますが、仕事が手につかないほど敵意をむき出しにすることはないでしょう。それが、同じ部署や身近な人に対しては、成果を上げた、資格を取った、注目された、というと心がざわついてしまうという経験がありませんか。
感情の性質があることを思い出して
感情は、良いも悪いもなく誰にでもあります。ですから、こんな風に感じてはいけないというものではありません。ただ、意地悪したり嫌味を言ったりすると、周囲の人を傷つけたり、あるいは自分が傷ついたりしますし、人間関係を悪くしてしまうことがあります。このような性質があると意識しておくだけでも、不要な怒りに振り回されることを防ぐことができます。
介護や医療、福祉の職場の人間関係は、利用者や患者へのケアに影響しますし、何よりも自分の生活に大きく影響します。イラっとしたときに思考や感情を変えることができなくても、このような感情の性質があることを思い出してください。
◇参考:感情をリセットするスイッチ(https://nakamaaru.asahi.com/article/14716162)
次回は、「怒りの流れ方」をテーマに考えていきます。
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- 田辺有理子(たなべ ゆりこ)
- 横浜市立大学医学部看護学科講師
精神看護専門看護師、保健師、精神保健福祉士、公認心理師
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会アンガーマネジメントファシリテーター(R)
看護師として大学病院勤務を経て、2006年より大学教員として看護教育に携わり、2013年より現職。医療・介護・福祉分野を中心に、介護ストレス、虐待防止などに関して、アンガーマネジメントやメンタルヘルスなどの研修、情報発信を行っている。
単著「イライラとうまく付き合う介護職になる! アンガーマネジメントのすすめ」(中央法規出版,2016)、「イライラと賢くつきあい活気ある職場をつくる 介護リーダーのためのアンガーマネジメント活用法」(第一法規,2017)、「ナースのためのアンガーマネジメント 怒りに支配されない自分をつくる7つの視点」(メヂカルフレンド社,2018)、「怒った人に振り回されない自分をつくる ナースのためのアンガーマネジメント2」(メヂカルフレンド社,2022)、共著「精神に病をもつ人の看取り:その人らしさを支える手がかり」(精神看護出版,2021)、雑誌「介護人財」(日総研出版)で2021年5月から「ゆりこ先生のちょっとこころを軽くする話」を連載中。