動から生まれる転倒 静で守る安全 相反する家族の要望に悩む介護職員
《介護士でマンガ家の、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
利用者さんの歩行介助をしていた、
そのわずかな隙に。
田中さんが転倒した。
真っ青になり、駆け寄る。
「報告書だな」と、
遠くから同僚のぼやきが聞こえた。
幸い、田中さんは
小さな青アザだけですんだ。
ご家族に平謝りする。
娘さんも
「防ぎようがなかった事故よ」と
私を責めない。
でも、田中さんとご家族に
申し訳がない。
転倒をゼロにするなんて、不可能だ。
そのためには、自由に動くことを
取り上げるくらいしかない。
でも、その不可能なことを
社会は実現するように求めてくる。
「誰か、現実を認めて」と、
行き場なく心が叫んでいる。
先日、ある介護職員さんが
施設内の高齢者の転倒について、
こう語られていました。
「うちの施設は利用してもらう前に、
必ずご家族に説明することがあります。
それは、どんなに気をつけていても
転倒は起こりうる、ということ。
そして
『完全に防ぐにはご本人を拘束するしかないけれど、どうしますか?』
と伺うんです」
もし、あなたがこれを聞いた家族なら。
残酷で無責任、と思いますか?
それとも、仕方ないと考えますか?
これは私個人の感想ですが、
なんて過ごしやすそうな施設なのだろう、と
感嘆しました。
なぜなら、高齢者の転倒は、
よく起こる事故にもかかわらず、
施設内で公に話しあわれていないことが多いのです。
当然ですが、転倒は動くから起こります。
自由に動けないことが、
人にとってどれだけつらいことか、
説明するまでもないでしょう。
それでもご家族から、
また、時には職場内からも、
「転倒させるな」
「自由を奪うな」が
並列に叫ばれることがあります。
その上、転倒が起こってしまった時には、
いち介護職員にその責任と負荷が
かかりがちです。
もちろん環境の不備や、
介護職員の怠慢からの事故はもってのほかです。
せめて、
安全と自由という相反することを
同時に求めるのは不可能だということを、
ご家族の方々にも、
職場チーム全体にも共有できる、
前述の施設のような取り組みがあれば、
ひとりの介護職員にかかる負荷は、
軽くなるのではないでしょうか。
そして、それは
高齢者の方の自由を守ることにも
つながると思うのです。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》