「財布盗まれた」身近な人ほど疑う認知症 対策は?もめない介護10
編集協力/Power News 編集部
認知症の症状のひとつに「もの盗られ妄想」があります。「ものがなくなった」「盗られた」と嘆くのは序の口。いっしょうけんめい介護してきたのに、「あんたが盗ったんじゃないの?」と疑いの目を向けられてガックリ来たという話は介護のプロ・介護家族に共通する“介護あるある”のひとつです。
「何かが見当たらなくなると、すぐに母が『盗まれた』『誰かが持って行った』と言い出すのにウンザリしています。怒ってはいけないと頭では分かっているのに、ついカッとなって『盗まれた証拠を見せてみなさいよ!』と、言い返してしまうこともあります」
認知症の母親とのやりとりの悩みを教えてくれた美佳子さん(55)は、在宅介護3年目。少し前に亡くなった父親も軽い認知症があると診断されていましたが、もの盗られ妄想はなかったため、余計に母親の言動に戸惑っているそうです。
もの盗られ妄想は認知症によく見られる症状ではありますが、認知症になったら必ず生じるわけではありません。そうではない人もいるからこそ、「どうしてうちの親ばかり……」と悩みを深めることも。
もの盗られ妄想が始まったときのスタンダードな対処法としてよく言われるのが、「否定しないこと」。たとえば、「財布を盗られた!」と訴えているときに、「そんなわけがない」「思い違いでしょ」などと否定すると、不安感や不信感が募らせることになり、逆効果になるという指摘があります。
“否定も肯定もしない”を心がけて
さらに、もの忘れ外来を受診した際、医師からこんなアドバイスもありました。
「否定してはいけないのはもちろん、『盗まれた』という話を肯定するのも間違った記憶をすり込む可能性があるのでよくありません。“否定も肯定もしない”を心がけてください」
なるほど! と思ってはみたものの、いざ実践しようとすると、これがなかなか難しいのです。
「昨日の夜、2階に住んでいる人がまた勝手に部屋に入ってきて、タンスの中を引っかき回していったのよ」
「近所のお子さんたちが遊びに来て、スプーンやフォークを持って行ってしまった」
「財布の中身が知らないうちに空っぽになっていてね。どうやら、また例の人が失敬していったみたいなの」
これらはいずれも、義母との会話の中に出てきたものですが、日常の雑談に混ざってひょいっと飛び出すので、最初のうちはかなり面食らいました。内心の動揺を隠しながら、「あら、そうなの」とあいづちを打ち、次に何を言うかを考えます。
医師が言う「否定も肯定もしない」対応を前提に考えると、「泥棒なんていないよ」「盗まれてないよ」などと説明や説得をするのはNG。でも、泥棒に盗まれたという設定を強調するのも良くなさそう。
オウム返し作戦で、深入りしない工夫を
苦肉の策として私が選んだ方法は、オウム返し作戦。
「あらあら、タンスの中を引っかき回していったの」
「スプーンやフォークを持って行っちゃったの」
と義母が言っていたフレーズをそのまま繰り返しました。
すると、義母は「そうなのよ!」と憤慨してみせたり、「ひどいのよ……」としょんぼりしてみせたりします。ドロボウに対する念入りな愚痴が始まることもありますが、そこはフンフンと聞き流し、時間に余裕があれば「ちょっと一緒に探してみましょうか」と提案。時間がないときは「今度、時間があるときにゆっくり探しましょう」と伝えます。
そのうち、こちらも探すのが上手になってきて、ものの5分もしないうちに、お目当てのものを見つけられるようにもなるのですが、見つかったときは「あって良かったですね!」で終了。もし、義母がドロボウの話を再び持ち出してくるようなら「返してくれてよかったですね」で話題を終えます。なにも言わないようなら、こちらからは触れないようにしました。
「しまいこんだのを忘れていただけかも」
そんなやりとりを繰り返しているうちに、義母から思いがけない告白がありました。
「これまで、ドロボウに盗まれたとばかり思っていたんだけど、もしかしたら、わたしがしまいこんだのを忘れていただけかもしれないの。歳をとるっていやねえ」
その日以来、もの盗られ妄想がなくなって……とはならず、その後も折りに触れて、「洋服が盗まれた」「(髪を巻く)カーラーが気づくと減ってる」「化粧水を勝手に使われた」などなどの発言は飛び出します。
でも、わたしが「実は、おかあさんの仕業だったりして!」と笑いながら言うと、「あら、そうかもしれないわね。ウフフ」と笑い返してくれることもある義母なのです。