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診察室からエールを

53歳で認知症 妻は10歳年下 娘は海外 家族の負担を気にするあなたへ

シロクマ

大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」。今回は、運動性失語の症状がある男性のお話です。将来、妻や海外で暮らす娘に「ケアの迷惑をかけたくない」と心配する男性に対して、松本先生はどんなアドバイスとエールを送るのでしょう。

野々山 恭二さん(53歳): 「妻を残して先に逝けない」

言葉が出ない悲しさ

野々山さん、今日もよろしくお願いします。今回はあなたの最新のMRIの結果をお伝えしますね。野々山さんは一昨年の5月に当院に初めて来院されましたね。それから年に1度、頭部MRI撮影をして野々山さんの経過を見させてもらっていますが、今年も昨年と比べて大きな変化はありませんでした。前に通っていた大学病院で「若年性アルツハイマー型認知症」という診断を受けておられていて、うちの診療所に来られた当初から、「言葉がうまく出ない」とも訴えていましたね……。

今回の所見で野々山さんの記憶の大切な部分である「海馬」の萎縮は進んでいませんでした。野々山さんはアルツハイマー型認知症の一般的な経過と比較すると海馬変化が進んでいないようです。しかし以前から訴えておられるように左側頭の細かな血管が目詰まりを起こしているために、運動性失語と言って言葉がうまく出てこない症状があります。野々山さんの頭の中にはしっかりとした単語が浮かんでいるにもかかわらず、いざ、それを声に出して言おうとするとその単語が出てこないのが運動性失語です。前頭側頭葉変性症の人に言葉が出にくくなる人がいますが、あなたの場合にはアルツハイマー型の症状に運動性失語が重なっていると考えてくださいね。

娘は海外に 妻に苦労はかけたくない

野々山さんと奥さんはいくつ歳が違うのですか。あなたが53歳で奥さんは10歳年下なんですね。言いたいことが頭の中ではしっかりとイメージになっているのに、いざ言葉を発しようとすると単語が出ないことは悔しい時もあるでしょうね。外から見ている人はあなたがわかっていないように感じがちですが、あなたはそのことをよく理解していて、むしろ言葉が出なくて悔しい思いをしています。周囲の人には、そのことをよく理解していただくことが大切だと思います。

それから前回の診察時にあなたが口にした悩み、「自分がこの先、病気を悪化させると、残された妻が1人で苦労するので心配だ」との言葉、しっかりと受け止めさせていただきました。1人娘さんは音楽家ですね。留学先で出会った人と結婚し、今は確かドイツのドレスデンにいらっしゃるんでしたね。

「子どもにケアの迷惑をかけたくない」という悩みを抱える人は多いです。野々山さん、お宅のように遠距離介護になることが予想されることなどから、あなたが「残された家族のことが気になる」という悩みを持つのは、ごく自然なことだと思います。

こころと経済面でのサポートが大切

ボクも長年、認知症ケアの世界を見てきましたから、いくつかのポイントを伝えられるかと思います。

(1)まず、あなたご自身のこころの課題です。言葉こそ出にくいけれど、しっかりと家族のことを思い、ご自身の心配よりも残される家族のことを思うあなただからこそ、ボクはあなたの不安や哀しみとしっかり向きあうつもりです。治してあげることはできなくても、今の野々山さんに残る力を示し、できなくなってきた課題をしっかりと伝えることで、お互いの共同作業を進めていきましょう。それによってあなたが少しでも気持ちが楽になることで、認知症の悪化を抑えることができるからです。

(2)そして奥さんや娘さんともあなたのご病状について連携を欠かさず、同じ方向を向いて解決策を探し続けることでご家族の心理面をサポートするようにします。

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(3)経済的な面もこの先の大切なポイントになりますので、うちの診療所の社会福祉士が様々なサポートの手続きを進めていくことにしましょう。社会制度は活用できるものがたくさんあっても、それに気づき、自ら申請して手続きをしない限り向こうから「利用してください」とは言われないものです。だから専門知識を持った社会福祉士から必要な情報をあなたやご家族にお伝えするようにします。さらに成年後見制度などの活用で、この先、野々山さんの判断能力が低下した場合にも、ご家族が金銭的な問題が起きないようにしていきたいと思います。

具体的な話はこれからも診療を受けに来られるたびに、お伝えするようにしますね。これらの行為を通して野々山さんが将来を見据えた準備をすることができれば、あなたが言われたような「妻を残して先に逝けない」という悩みに光が差すかもしれません。

次回は、家族がいない私の「この先」です。

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