「明日も無事に目が覚めるだろうか」高齢者の孤独と不安を埋める方法は?
執筆/松本一生、イラスト/稲葉なつき
大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」。今回は、認知症と診断された後も一人暮らしを続けている女性のお話です。「誰も話し相手がいない」と不安を口にする女性に対して、松本先生はどんなアドバイスとエールを送るのでしょう。
山之内 京子さん(73): 家族がいない私の「この先」
朝起きると不安に
山之内さん、こうして月に1回ですが、診療所に来ていただいて「この1カ月、山之内さんがどう過ごしたか」を話し合うようになり、もう2年が経ちますね。最初に約束したように、あなたは73歳になられた現在も一人暮らしですからボクが担当医としてアルツハイマー型認知症の悪化を認めれば、必ずあなたにそのことを伝えます。初診の時にあなたが「私はきょうだいも無く、結婚せずに人生を送ってきたから、認知症が悪くなってきたことに先生が気づいたら必ず私に伝えてください」と言われて約束しましたね。
先月はベッドに入ると「明日も無事に目が覚めるだろうか」と不安になると言っておられましたね。聞いていて「当然の気持ちだ」と思いました。その後、ボクの診察以外にも週1回の訪問看護と週3回の夜間のホームヘルパーのスポット訪問(短時間訪問)を増やしましたね。少し安心感が広がりましたか。
今回は朝の不安感が出てきたのですね。眠りから覚めた時はまだ山之内さんの脳が活発に動いていないため、起床直後は気分が滅入るかもしれません。少し活動が活発になった後の方が楽になると思います。
誰かと話したい
あ、今回はその程度の話ではないんですね。「今日一日、どうやって過ごそうか」と迷うと、とてつもなくその日を長く不安に感じることがあるのですか。それはつらいですね。その時に「誰も話し相手がいない」と思うと、じっとしていられないほどの不安が襲ってくるのですか。
ひとつ課題があります。訪問看護やホームヘルパーに来てもらうケアプランを立てると、あなたの場合は要介護1ですから介護保険のサービスで使える点数がすぐにいっぱいになってしまいます。ケアマネジャーも「不安にならないように介護サービスを導入しようと思っても、山之内さんはしっかりしていて要介護度が高く出ない」と悩んでいます。介護保険は介護度が上がれば選択肢が増えますが、山之内さんのように「軽度の人」の心理的な安心感を得るための選択肢が少ないのです。
特に朝から夕方までのデイサービスやリハビリデイでは山之内さんの悩みを分け合ってくれる「こころのサポート」まで網羅していないこともあります。だから今のようにボクは月1回、お会いしているのですが、あなたの気持ちを考えると月1回では少なすぎるはずです。訪問看護もこころの面に配慮してくれますが、もう少し、参加できるところを増やしてみましょうか。
カフェでの仲間との連帯
山之内さんは「認知症カフェ」や「オレンジカフェ」と言われているところをご存知ですか。介護保険の点数にかかわらず、カフェは誰もが参加できる「居場所」を提供します。ボクの知り合いのグループホームがやっている認知症カフェは週1日、地域に開かれていて、かつての喫茶店を改修したところなので、参加した人が希望すれば「店員」として活動し「役割」を持つことができます。
山之内さんだけではなく、認知症の診断を受けたらすぐにデイサービスを利用することにはならない人がたくさんいます。その仲間との連帯を持つことで、あなたの孤独や不安が軽できるかもしれません。
しかしカフェにはさまざまな形態のものがあります。月に1度か2度、開催する所もあれば、お伝えしたところのように毎週木曜日には喫茶店のようにして開催するところもあります。ある所ではカフェに集まる認知症当事者が自ら作ったボランティアグループが活動していました。当事者であるあなたが安心できる体制を作るだけではなく、あなたの「役割」を作ることで、先の不安と向き合う体制を作りましょう。
確か山之内さんは買い物の時に焙煎したコーヒー豆を買ってきて、ご自宅でもミルでコーヒー豆を挽いて飲んでいるんでしたね。それならカフェを運営しているグループホーム長さんにお話をしてみましょうか。立派な店員にならなくても、同じ立場で認知症と向きあっている人や、おばあちゃんの在宅介護をしているヤングケアラーの娘さんの気持ちを聞く役割などがあるでしょう。大切な事は悩みを誰かと分かち合うこと、仲間を作って連帯することです。人はみな、自分が支えられているだけではなく、自分も誰かの役にたっていると思えることで自分の前にある絶望感や哀しみと向き合うことができるのですから。
次回は、社会的な支援はないのだろうか、です。