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もめない介護

2階の女ドロボウ 服を盗んで別の服を置いていくの怪 もめない介護119

バランス釜のある浴室
コスガ聡一 撮影

「ここに来てから、“例の人”が来なくなったの」

義母からうれしそうに報告があったのは、介護老人保健施設(老健)に入所した直後のことです。この連載でもたびたびご紹介してきましたが、義母は「女ドロボウが夜な夜な寝室を訪れ、大切なものを盗んでいく」という、もの盗られ妄想に悩まされてきました。アルツハイマー型認知症の診断も、もともとはこの「女ドロボウ」についての訴えがきっかけでした。

自宅にいる時は何かと身の回りのものを見失う機会も多く、その不安感が「あの人のせい!」「断りもなく借りていくなんてホント失礼」と、幻の女ドロボウに対する怒りにつながっているようでした。「女ドロボウが出るから外出できない(デイサービスには行かない)」と言われ、まいったなあと思うことがある一方で、家族やヘルパーさんがあらぬ疑いをかけられて、不愉快な思いをしなくて済んだというプラスの面もありました。

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施設に入所すると、どんな心境の変化が現れるのか。最初の施設入所は、義父の入院がきっかけでした。「とにかく、いまは入所しましょう」「ご不満もおありでしょうが、緊急事態です」と義母を拝み倒し、なだめすかして入所にこぎつけたような状況だったため、あとはさまざまな症状が強く出ないことを祈るばかり。

入浴中に洋服が盗まれる

いちばん心配だったのが、入所のストレスによって、もの盗られ妄想がヒートアップしてしまうことでした。そのため義母から「“例の人”が来なくなった」、つまり、もの盗られ妄想がおさまっていると聞いた時は、やれやれと肩の荷が下りたような気持ちになりました。

ところが! それから1週間もしないうちに、「洋服が盗まれるの!」という義母の訴えが再燃します。

「職員さんが怪しい」
「一緒のフロアにいる人のしわざかもしれない!」
「この間は勝手に部屋の中まで入ってきた!!」

義母はプリプリ怒っています。そう簡単にはいきませんよね……。遠い目になりつつ、義母の怒れるメッセージに耳を傾けると、どうやら義母が言う“盗難”は入浴時に集中しているらしいことが判明します。

「“お風呂ですよ”っていわれて、お風呂場に行くじゃない?」
「いいですねえ。ここのお風呂は気持ちがいいと評判ですね」
「そうなのよ。お風呂はいいの。でも、お風呂から上がってくると、洋服が盗まれるのよ!」
「ほうほう。洋服がないと、スッポンポンになっちゃいますね」
「あらいやだ。そんなわけないでしょう。知らない洋服が置いてあるのよ!」
「ほうほう、それをお召しになる…?」
「だって、洋服を着ないと部屋に帰れないじゃない!」

おかあさま、それは職員さんがお着替えを用意し、もとの洋服やパジャマを洗濯してくださっているのではー!

パジャマがない! 不安を募らせる義母に行った4つの方法

さらに義母は「定期的にパジャマがなくなる!」ともご立腹です。

「こっちはね、毎日ってわけじゃないの。時々、やっぱり同じようにパジャマを盗っていくの」
「でも、悪いと思うのか、違うものを置いていくのよね。ホント気味が悪いわ!」

義母が語るドロボウは、気遣い満点。こちらも、どうも洗濯のタイミングにパジャマが入れ替わっているのが、義母の不安感をかきたてているようです。さて、どうするか。

うちの場合は、こんな方法を試してみました。

1)「お洗濯中なのかもしれませんね」と伝えてみる
「洗濯してくれてるんですよ」ではなく、あくまでも推測としての「お洗濯中なのかもしれませんね」と伝えてみて、様子を見るという作戦です。最初はほぼ毎回、「そんなことあるわけないでしょう!」と一蹴されていました。

義母がムッとしたら、それ以上は深追いせず、「そうですか」で話を終えます。それでも義母が、盗まれた洋服の話を続けようとしたら、「そういえば、今日のおやつって何でしたっけ」「お母さん、アップルパイ好きなんですよね」などと、好物の甘いものトークで気をそらす、などの合わせ技も。

最初のころは“聞く耳持たず”でしたが、そのうち、「それもそうね」というリアクションも増えていったので、機嫌を損ねない程度に繰り返し伝えるのは、一定の効果があるのかもしれません。

コトを荒立てたくない義母は反動で陰口炸裂

(2)「施設長さんに相談してみましょうか」と提案

施設で起きたことは、責任者である施設長さんに相談しましょう! と提案すると、「おおごとにしないで」と必死の形相で止められました。人目が気になる義母は「コトを荒立てる」のはとにかくイヤ。かといって、黙って我慢するタイプでもないため、その結果として“陰口オンパレード”になりやすい方でもありました。

「では、施設長さんではなく、話を分かってくれそうな職員さんに相談してみましょっか!」
「それならいいけど……。相手は慎重に選ばなくちゃダメよ」

義母の意向は大事にしながらも、「オープンにする」という姿勢を明確に示すことで、義母の陰口の頻度が減っていくという効果もありました。

(3)入浴時の声がけ

義母からの訴えを施設に共有した際に、「入浴時の声がけを工夫してみたいと思います」と提案をもらいました。実は、どのような声がけがあったのか、それによってどう変化があったのかは、家族側は細かく把握できていません。ただ、現場の状況をよく知らない家族が、“ああしてください、こうしてください”とお願いするのは避け、家族から見た義母の様子を伝え、相談するだけにとどめました。

のんきな気持ちで臨むくらいがちょうど良いことも

(4)パジャマを「同じ色・同じ柄」でそろえる

入浴時の着替えと同様、パジャマも洗濯のたびに「盗まれた!」となってしまう様子を見て、思いついたのが「パジャマを『同じ色・同じ柄』でそろえる」という方法です。

これまで義母のパジャマを選ぶ際には、次の3つの条件を重視していました。
1 脱ぎ着がしやすいこと
2 綿100%か、それに近い素材で肌触りがいいこと
3 義母が好む、きれいな色合いのもの

色違いがあったほうが気分が変わっていいかと思い、淡いオレンジ、淡い紫色、水色の花柄模様のパジャマを用意していましたが、おそらくこれが逆効果。思い切って、淡いオレンジと水色は引き上げ、洗い替えも含め、淡い紫色だけに統一してみました。すると、効果てきめん。「パジャマが盗まれた!」という嘆きは急速に減りました。義母曰く「見当たらなくなったかと思うと、出てくるのよ。不思議ねえ」。

もの盗られ妄想自体がなくなったわけではないけれど、義母のストレス軽減には役立っていそうな手応えがありました。

日常の中でふと引っかかり、気になって仕方がなくなる。それは、認知症であってもなくても、“あるある”なことのひとつです。必死に解決しようと思ってもどうにもならず、見守るしかないこともありますが、ひょんなことで気がかりが減らせることも。“ダメでもともと”ぐらいのノンキな気持ちで、トライアンドエラーを重ねてみると、思いがけない対応策が見つかるかもしれません。

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