たかがペンされどペン メモにお手紙、試行錯誤 もめない介護117
編集協力/Power News 編集部
離れて暮らす義父母(ともに、アルツハイマー型認知症)の通い介護をしていたころ、しょっちゅう買っていたもののひとつに「油性ペン」がありました。
口頭で伝えただけだと、なかなか記憶に残りづらい。この連載でもご紹介してきましたが、義父母が認知症だとわかってから、さまざまなことを「張り紙」にしてきました。
- もの忘れ外来などの受診日
- ヘルパーさんや訪問看護師さんの訪問日
- こまめな水分補給のお願い
- エアコンは“つけっぱなし”にしてほしい旨のお願い
- 往診の先生の連絡先
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義父母自身が書いたものもありました。たとえば、電話の横には「自宅の住所と電話番号」「警察は110、救急車は119」、そして娘や息子、嫁である私の携帯番号も「緊急連絡先」としてメモされていました。
拝啓 2階に住む女ドロボウ様
ふたりとも筆まめで、「2階に住む女ドロボウ」(義母が長らく悩まされていたものとられ妄想)宛ての張り紙もたくさんありました。
<今年も年末が間もなくやってきます。生活を通常に戻す時が来たようです。子供の時に教えられ、育てられた生活に戻ろうではありませんか。子供のころ、友達のものが欲しくなると、友達に断って使わせてもらいましたね。そして、皆で仲良く遊びましたね。他の家へ、その所有者に断りもなく入り込むことはやめてください(以下略)>
<あなたが家を出られるなら、暗くならないうちがよいです。その際には冬用のコートを忘れないようお持ちください。食堂の椅子のところにかけておきます>
<寝室への出入りは人の眠りを妨げます。優しい心があれば、みだりに出入りすることはないでしょう>
あの手この手で説得し、なんとか出て行ってもらおうという義父母の工夫。メッセージのバリエーションに驚かされるばかりです。そんな義父母ですから、筆記用具は片時も離さず、実家にもたくさんのボールペン、サインペンがありました。ところが、いざ必要になって使おうとすると、どれもこれもインクが切れていて書けなかったのです。
次々と乾いていくペン先
よく見ると、キャップが合っていなかったり外れていたり。ボールペンはかろうじて書けるものもありましたが、「線が細すぎると見えにくいのよね」(義母)と言われ、決して近くはない最寄りのコンビニにダッシュで買いに行くことになったこともしばしばあります。
「しょっちゅう使うものだから」と、サインペンを100円ショップでまとめて購入。太字も細字も買い揃えたので問題解決!かと思いきや、次に行くころまでにはやっぱりキャップが外れて、インクが乾いてしまっているのです。絵に描いたようないたちごっこ!
「キャップがわからなくなってしまう」「キャップがうまくはめられず、外れてしまう」というトラブルを未然に防げれば、実家に置いてあるペンの寿命も多少延びるかと思い、キャップレスタイプを試してみたことも。キャップをしなくてもいいのはたしかに便利! ただ、なじんでいる動作と違うと使いこなすのは案外難しく、気づけば、“ペン先は出せるけど、引っ込めるのは忘れる”という別の理由で、やっぱりインクが乾いていました。残念! 自分でも使ってみましたが、どうも不器用で、ペン先を出し入れするたびにやたらと指先を汚してしまうことにウンザリし、使わなくなってしまいました。
義父母に好評だったもの、不評だったもの
そして、作戦変更。実家に持ち込むペンは次の2種類に分けることにしました。
- 義父母に渡して好きなように使ってもらう用
- ストックとして引き出しの奥にキープしておく用
さらに、実家に行く時はなるべくペンを持参。できれば太い文字が書きやすい油性ペンと、中細字が書ける油性ペンの2本を持ち歩くようにしていました。欲を言えば強調用の赤字が書けるペンも欲しかったのですが、これは必須ではなく、“あれば使う”ぐらいにしようと決めていました。こだわり始めるとキリがなく、バッグに入れ忘れた時のガッカリ感も高まります。命にかかわる分野ではないので、とにもかくにも必要最小限のアイテムを確保できていればオッケーとしました。
ただ、義父母からの要望や、筆圧などの変化からアイテムを増やさざるを得ない場面もありました。どの筆記用具が使いやすいかは個人差もあるかと思いますが、我が家で「使いやすい」「書きやすい」と義父母に評判が良かったものを2つと、スベッたものを1つ紹介します。
(1)3Bの鉛筆
もともと義父は、固い書き味が好みだったのか「H」の鉛筆をたくさん持っていましたが、筋力の衰えもあり、字がどんどん薄く、読みづらくなっていきました。カレンダーやノートなどに一生懸命メモを取っているけれど、後から読めないことがほとんど。「少し濃いめの鉛筆を買ってきましょうか」と声をかけると、「うーん」と義父は乗り気ではなさそうでしたが、ひとまず3Bの鉛筆を何本か購入し、筆立てに挿しておきました。
すると次に行ったときには、メモもくっきり。特に気にする様子もなく、「こっちのほうが濃くていい」と使ってくれていたのです。その後、義父が入院し、「入院中の記録をつけたいから筆記用具を持ってきて」と言われたときも、3Bの鉛筆と大学ノートを持っていきました。
(2)子ども用万年筆
「年賀状を書くから万年筆がほしい」と義父からリクエストがあったのは、お正月のことです。元旦からやっている駅前の大型スーパーで義父母にそれぞれ1本ずつゲット。万年筆をほしがっていたのは義父だけでしたが、義母の性格を考えると、見るとほしくなり、「あら、それいいわね」と取り上げてしまう可能性が高いと予想。実際のところ、義父に渡した途端、「あら、それってなあに?」と義母は興味津々でした。セーフ!
子ども用万年筆はプラスチック製で安価なものでしたが、「軽くて書きやすい」と義父母は喜んでくれました。筆圧が弱くなり、これまで使っていたボールペンが少々使いづらくなっていた様子でしたが、万年筆はその後も、ちょっとしたメモを取ったりするのに重宝していたようです。サインペンはうまくキャップをはめられず、さんざんインクを乾かしてしまいましたが、万年筆はそんなトラブルもなかったのが少々不思議だったほど。使い慣れているものは指が扱いを覚えているのかもしれません。
(3)筆ペン
筆ペンは、筆圧が弱くなった義父母が少しでも書きやすいように、と思って、買い足したもののひとつです。しかし、こちらはダダすべり! 万年筆と違って、出番はほとんどありませんでした。冠婚葬祭があると、さらさらっと祝儀袋や不祝儀袋に名前を書いていた義父母ですが、逆に言うと、筆ペンは「特別なとき用」。ふだんのメモに使うという習慣はなく、「書きやすいから」という理由で使うかというと、そうではなかったのです。
「おとうさん、書きやすいですよ」と筆ペンを渡すと、「そうだね。書きやすいね」と言ってくれますが、次に会うときにはしっかり引き出しの中にしまわれています。いま思うと、嫁に気を遣って話をあわせてくれていただけ。「どうして、この子はやたらと筆ペンを勧めてくるのか」と奇妙に思われていたような気もします。ほとんど使わないので、これまたペン先が乾く心配はなく、はりきって買い込んだ筆ペンが未使用のまま、何本も……。しまった!
たかが筆記用具、されど筆記用具。親の生活と好みにあわせたチョイスが必要なのだと、ペン立てを占領する筆ペンを見るたびに、反省することしきりです。