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もめない介護

生モノと宝モノに要注意 夏の実家でのホラー物語 もめない介護115

ティッシュの箱にしまわれた洗濯ばさみ
コスガ聡一 撮影

蒸し暑くなってくると思い出す光景があります。あれは義父が肺炎で入院し、義母も一時的に施設に入所することになり、夫婦そろって自宅を離れていた時期のことです。

義父母がそれぞれ入院や入所をした直後、冷蔵庫の中を一気に片づけました。残したおかずなのか、作り置きなのか、正体不明の料理のようなものが入った密閉容器や、しなびきった野菜。なぜか野菜室に移されてしまっていた冷凍食品などが次々に見つかります。ただ、認知症だとわかったころに比べると、冷蔵庫の中はかなり整理されていました。食材の量もずいぶん減っています。

昭和一ケタ生まれの義父母は「食べものを捨てるなんてとんでもない」が口癖で、かつ「賞味期限は文字が小さくて見えない」のが常です。不用意に「処分しましょうか」と伝えるとはねつけられるのがオチ。賞味期限が切れていることを恐る恐る伝えても、「おなかをこわしたことなんて一度もない」と突っぱねられることがほとんどでした。

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そんななか、ヘルパーさんたちが少しずつ声がけし、冷蔵庫のギュウ詰め状態をやわらげていってくれたのだろうと思います。賞味期限切れの食材がびっしり隙間なく詰め込まれていた、以前の冷蔵庫を思うと、よくぞここまで、冷蔵庫内を整理された状態でキープしてくれていたものだと、頭が下がる思いでもありました。

片づけも終わり、打ち上げでもと思った矢先に夫の悲鳴

義母が見たら卒倒しかねないと思いながら、どんどんゴミ袋に放り込んでいき、結局45リットルゴミ袋1つ分強を捨てて、すっかり大仕事を終えたつもりでいました。とにかく、生ゴミさえ捨ててしまえば大丈夫。紙ゴミや古い洋服など、“乾いたゴミ”については多少放置したところで、腐りもしなければ臭いの問題もありません。

部屋のどこかに、汚れた下着や尿もれパッドなどが潜んでいる可能性はまだありました。しかし、いまのところ目立った臭いはしないし、おいおい片づけていけばいいだろうと、私たち夫婦はすっかり油断しきっていたのです。

ところが!

ある時、とんでもないことが発覚します。その日は久しぶりにまとまった時間がとれたので、しばらくそのままになっていた乾いたゴミを始末する予定でした。昼間からかなり気温と湿度が高かったので、片づけのめどがついたところで、少し離れたところにあるスーパー銭湯でひとっ風呂浴びることに。

帰りがけにコンビニエンスストアでビールやつまみを買い込み、すっかり打ち上げ気分で実家に戻ってきました。さあ、乾杯でもしようかというタイミングで、台所から夫の悲鳴にもならない、引きつったような声が聞こえてきたのです。

「この中に……」夫が見た恐怖

リビングと台所の間のドアをそっと開けてのぞいてみると、夫は台所の流しの前で立ちすくんでいました。これまでに見たことがないような表情で「マズい……マズい……」とつぶやいています。こわっ!

「どうかした……?」

声をかけると、夫はこちらを向きましたが、「この中に……」と言いかけて、また黙ってしまいます。この中に、何だよ! 何かいるの?って……まさか!!

「ここの家、殺虫剤ってあったっけ?」
「コンビニ行こう。コンビニ」
「そうだね。コンビニ行こう」

夫とふたり、うわごとのように「コンビニ」を連呼しながら、実家を出ました。近くにコンビニはありませんが、幸い、この日はレンタカーを借りていて、夫もわたしもまだお酒を飲んでいません。車ならサイアク、最寄りのコンビニに殺虫剤がなくても、ほかの店に探しに行けます。こうなったらコンビニでも、ドンキホーテでも、どこまででも探しに行こうじゃありませんか。ヤツらと戦うための武器を手にするまで!

1軒目に立ち寄ったコンビニの棚で、殺虫剤のスプレー缶を見つけた時は、あまりのうれしさに思わず声がもれました。あったよ! あったよ!! レジカゴに3本ぐらい放り込み、意気揚々と帰宅。そして、再び、最前線へ……夫だけが向かいました。

いま思いだしても本当に申し訳ないのですが、私は台所に入る勇気がなく、隣の部屋で夫の無事を祈っていました。時折、「ヒッ」「うわっ」という夫の声が聞こえます。そのたびに、「助けに行けよ」と我ながら思うのですが、怖さが先に立って動けません。

私が夫の立場だったら、「こわがってる場合か。いますぐこっちに来て、手伝ってくれ!!!!」と怒り狂いそうなものですが、夫は粛々とスプレーを片手に戦っていました。

大惨事になる前に。しばらく留守にする際は、“生もの”の保管場所を要チェック

介護が始まって以来、「自分の親のことなのに、他人ごとすぎる」「わたしばかりが大変な思いをしている」などなど、夫に腹を立てたこと何度もあります。介護体制を整えるのが一段落したら離婚届を出そうと、ひそかに決意していた時期もありました。

でも、そんなふうに思っていたことをスライディング土下座で謝りたくなるほど、夫は泣き言ひとつ言わず、台所でひとり、戦い続けたのです。敵を殲滅し、掃除機で跡形もなく片づけ終えるまで2日かかりました。原因は流し台の下が、じゃがいもやにんじんなど、根菜の保管場所になっていると知らず、放置していたことでした。夫がなんの気なしに扉を開けたことで異常事態に気づきましたが、手つかずのままさらに時間が経っていたらと思うと背筋が寒くなります。

入院やショートステイ、施設入所などで、親が自宅を留守にする時、“生もの”の保管場所はくまなくチェックしておくことをおすすめします。特に気をつけたいのが次の3つです。

(1)常温で保管できる野菜などをしまってある場所
夫の実家では台所の流しの下が危険領域でしたが、床下収納にしまわれていることもあります。一緒に暮らしていないと生活動線を把握できておらず、見落としやすいので要注意です。

(2)親が大切なものをしまいこむ場所
食べものは台所にあるとは限りません。リビングボードの引き出しを開けたら、ティッシュに包まれたクッキーが出てきたり、寝室のタンスの中からもらいものらしき高級チョコレートが出てきたりしたことも。親が大切なものをしまう場所がわかっていたら、念のため見ておいたほうがよさそうです。

(3)冷蔵庫・冷凍庫は停電&送電ストップに注意
冷蔵庫・冷凍庫に入っているからといって油断は禁物です。一時的な停電であればさほどの被害になりませんが、親の公共料金用引き落とし口座の残高が足りなくなっていることに気付かず、送電がストップしたまましばらく経ってしまうと目も当てられない状態になることも。

老親の落ち着き先が決まってようやくホッとできるはずが、思いもよらない戦いの最前線に狩り出されるということのないよう、くれぐれもご注意ください。

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