もめない介護

デレて義父をディスる義母 通院帰りの外食心得5選 もめない介護113

ネオンサイン
コスガ聡一 撮影

離れて暮らす義父母(夫の両親)が、2人そろって認知症だとわかったのは2017年春のことです。同居はせず、時期によって週1回~月2回程度の通い介護でかかわってきました。
老夫婦の2人暮らしから義父の入院、義父母そろいっての施設暮らしなど、暮らしぶりもさまざまに変わってきましたが、そのなかでも今回は「外食事情」について取り上げたいと思います。

ふだん一緒に暮らしていないわたしが義父母の食事に同席する機会は、介護が始まる前は年に1回、お正月に家族が集まって行う新年会のときぐらい。結婚してすぐのころは夫の実家に集まり食卓を囲んでいましたが、やがて「準備をするのもおっくうだから」と義父お気に入りの寿司屋集合に変更になりました。

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いま思うとそれも義父母の「老いのきざし」であったのでしょうが、親と深くかかわりたいわけではなかった私たちにとって、現地集合・現地解散は願ってもないことで、その気楽さばかりをありがたがっていたテイタラク。義父母がどんな食べ物が好きで、苦手なのかなんてことはチラリとも考えていませんでした。

親子で過ごす時間を、少しでも良いものにするための工夫

介護が始まってからは、主に「通院後のランチ」が中心。もの忘れ外来の通院が始まったばかりのころは何度か、スーパーに寄ってちらし寿司やいなり寿司などを買って持ち帰るといったこともしていました。でも、義父母に「どうしましょうか」と聞くと、駅ビルのレストランを指名されることが何度かあり、なんとなく「通院後の昼食は外食」が定番になりました。

もの忘れなど認知症の諸症状はあるけど、それ以外は元気だった時期から少しずつ足腰が弱っていくなかで、外食で利用する場の選び方にも変化が生じます。また、義父母の希望も移り変わっていきました。ここでは、外食先を選ぶ際に、どのような点に気を付けていたかをご紹介します。

1)答えがわかっていても「お昼は何を食べましょうか♪」

義父のお気に入りは寿司か鰻、あるいはしゃぶしゃぶ。たいてい、答えは決まっていましたが、必ずリクエストを尋ねるようにしていました。

診察が終わって会計が済んだら、まずは義母に「お昼は何を食べましょうか♪」と伝えます。「今日は何にしましょうねえ。お父さまは何がいい?」
「なんでも構わないよ。何が食べたい?」
「何かしら? お父さまが食べたいものがいいわね」
「じゃあ、鰻」
「いつも、鰻って言うのねえ。つまらない人。うふふ」
といった具合に、お約束のやりとりが始まります。

義父の答えもだいたい決まっているし、義母がうれしそうにちょっぴりディスるのもお約束。でも、この“お決まり”のやりとりを繰り返すことで、空気がぐっと和らぐのです。

2)「一緒に食事に行きたい」というメンタル設定

仕事が立て込んでいて、本音を言えば、診察が終わった途端に帰りたい……。そんなふうに思う日もあります。どうしてもダメなら「ゴメンなさい!」と言っておいとまする。でも、昼食までは付き合うと決めたなら、その瞬間だけは「一緒に食事に行きたいっ」と思い込むようにしました。

心のなかで「面倒だな」と思っていると、どんなに隠していても相手には何かしら気配が伝わってしまう。義父は見て見ぬフリをしてくれるかもしれませんが、義母はそうはいきません。目ざとく察知し、不安になり、全力で引き止める姿が目に浮かびます。

「ごめんなさい」と言えば、義父母は許してくれる。その確信があったからこそ、ポジティブに思い込むことができたのかもしれません。ただ、その「ごめんなさい」カードは何回まで有効なのかわからない。だったら、とっておきのときに使おうという貧乏性も味方して、さほど苦労せずに自分をダマすことができたようにも思います。

3)なるべく多目的トイレがある場所を選ぶ

介護が始まったばかりのころはそうでもなかったのですが、少しずつ“ひとりでトイレ”が難しくなっていきました。でも、それは完全に付き添いが必要というわけではありません。日によって、体調や気分の違いもあるようでした。

必要に応じて、付き添うこともできるよう、駅ビルなど、比較的トイレのスペースが広めで、できれば多目的トイレがある場所を選ぶようにしていました。義父がお気に入りのお寿司屋さんは昔ながらの和式トイレでしたが、自宅から近かったこともあって、例外として考える(義父の希望優先)など、そのときどきで判断した部分もありました。

4)注文するメニューは義父母にお任せ

義父母は認知症ではありましたが、「メニューの選び方がわからない」という場面にはまだ直面していなかったので、何を注文するかはご本人たちにお任せ。パッと決められることもあれば、「どれにしようかしら」と迷って決められなかったこともありましたが、よほど困っていなければ、“迷うのもお楽しみのひとつ”と考えました。

どちらかというと、義父は迷いなく「いつものやつ」を選ぶタイプ。一方、義母は目移りしてわからなくなってしまうことも多かったように思います。それでも家族が勝手に決めてしまうより、「わたしはAランチにしました」「あら、おいしそうね。同じのにするわ」と、自分で決めるほうが、まだ外食の楽しみが損なわれずに済むのではないかと思ったのです。

5)「ゴチになります」はハッキリ、キッパリ

ここは親御さんの性格によっても違うかもしれませんが、義父母はとりわけ、「誰が会計をするのか」を気にしていました。

「お金を払わなきゃ」と思うけれど、財布が見つからない。財布はあったけれど、手持ちの現金で足りるかどうかがわからない。そうなると、一気に緊張感が高まります。「あとで精算するから大丈夫です」と伝えて、その場では納得しても、またすぐ「どうしよう!?」が始まってしまうのです。

そう気付いてから、お店に入る前の段階から「お父さん、今日はごちそうになります! お父さんからお預かりしている家計費からここの昼食代を払わせてください」と伝えるようにしました。

食事後も「ごちそうさまでした。お父さんからお預かりしている家計費から払わせていただきました。いつもありがとうございます!」と伝え、義父が威厳たっぷりに「うむ」と答える。そして、義母と「おいしかったですねえ」「また来たいわ」と、やや大げさにはしゃぐところまでがワンセットとなりました。

我ながらチャッカリしているというか、ずうずうしいというか……。でも、こうしたやや芝居がかったやりとりをすることで、通院の面倒くささや重苦しさに、私自身ものみ込まれることなく、義父母と過ごす時間を苦痛に感じることもなく、別居介護を続けてこられたのではないかとも思うのです。

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