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思わず「自分語り」したくなる 訪問看護の漫画に秘められた“力”(後編)

漫画家の高橋恵子さんと医学書院の金子力丸さん。撮影場所は医学書院。
漫画『家でのこと』著者の高橋恵子さん=左=と、医学書院の金子力丸さん

わずか6ページの中で繰り広げられる、在宅看護が舞台のストーリー。漫画『家でのこと』(医学書院)の著者、高橋恵子さんの元には多くの感想が寄せられています。その大半は「自分語り」だといいます。この漫画には、読んだ人が思わず胸の内を話したくなってしまう“力”がありそうです。そのワケを、高橋さんと担当編集者の金子力丸さんの対話から探りました。

漫画の登場人物に自分を重ねてしまう

医学書院が発行する月刊誌『訪問看護と介護』の巻頭6ページに、2020年1月から12月まで短編漫画が連載されました。その著者は、なかまぁるで好評の「今日は晴天、ぼけ日和」を描く漫画家であり、アートワーカー(芸術療法をもとにしたプログラム)、介護福祉士でもある高橋恵子さんです。連載が始まった頃から、医学書院の編集部をはじめ、高橋さんの元に多くの感想が届いたといいます。連載中より、同雑誌の表紙絵も担当している高橋さんは、制作に必死だったこともあり、届いた感想に対してのリアクションは取れなかったと振り返ります。今年2月、連載をまとめた『家でのこと』の出版後も、引き続き手紙やSNSを通し感想が多く寄せられています。

「1番多い声は『感動しました』。その次に多いのは読んでくださった方の“自分語り”なんです。自分や家族のことなどが延々と語られていて。それがうれしかったです。ただ、どう返信していいかわからず……すべて読みましたが、感想は返せずじまいです」

そう言って、少しうつむく高橋さんに、「『感想をいただきありがとございます』と思うだけでいいと思いますよ」と伝えるのは、この漫画の企画の生みの親であり、担当編集者の医学書院看護出版部の金子力丸さんです。

漫画を読んだ同編集部員からも、「この連載に登場するいずれかの登場人物に自分を重ね、当事者として読んでしまう」「『あなたはどう?』と問われている気がして、自分のことを話したくなる」といった声が寄せられました。

なかまぁるで2018年12月から「今日は晴天、ぼけ日和」の連載を担当する高橋恵子さん。漫画家、介護福祉士、アートワーカー。
高橋恵子さん。漫画家、介護福祉士、アートワーカー。なかまぁるでは、2018年12月から連載「今日は晴天、ぼけ日和」を担当している

“普遍的”の意味を再発見した

金子さんは、漫画の連載から単行本化を通し、自分の中である変化があったと言います。学生時代から演劇に携わっている金子さんは、演者をはじめ、脚本作りの経験も豊富です。これまで、登場人物に焦点を当てることで、普遍的なメッセージを表現してきました。その“普遍的”とは、皆が同じ気持ちになり、同じ感想を持つことでした。

「でも、今回の漫画の制作を通してわかったことは、普遍的とは皆が同じことを思うことではなく、皆の心が動かされること“それ自体”なのだということ。心さえ動けば出てくる感想は、それぞれ違っていていいということでした。もし、読者に持ってほしい感想を『人に優しく』などに固定化していたら、この漫画は違うものになっていたかもしれません」(金子さん)

読者からの感想で「自分語り」が多い原点は、ここにあるのかもしれません。それぞれ違うことを感じたけれど、「感じた」点においては同じ。そこに普遍性が生まれていることを、金子さんは発見したと言います。

医学書院看護出版部に所属の金子力丸さん。学生時代から演劇をしている。最近、少年野球チームのコーチを始めた。
金子力丸さん。医学書院看護出版部に所属。学生時代から演劇をしている。最近、少年野球チームのコーチを始めた

読み手の倫理観が問われている

『家でのこと』は、医科大学の授業の教材としても使われています。例えば、第2話の「土管の家」では、1人の老婆が、“ゴミ屋敷”と言える家に住んでいます。そこに訪問看護師が行った時、どういうリアクションをとるか。

身体的な不具合がないか、まずは病院での検査を促すのか、衛生面を考えて部屋をきれいにするのか、それとも、なぜこのおばあさんはこのような暮らしをしているのか内面に焦点を当てるのか――。単なる正解探しではなく、そこには「倫理観」の問いが内在しています。

高橋さんは「介護福祉士の視点ですが」と前置きをしてこう言います。
「介護研修において、技術や知識を学ぶ時間が多いと思いますが、実際に仕事をするうえでは“心”も大切な要素です。学校の授業において、この本が学生さん同士の対話を生むきっかけになったらいいなと思います」

「家でのこと」のひとコマ。筆者は読後、人それぞれには事情があることを改めて感じ、道ゆく人を見る目が少し変わった
「家でのこと」のひとコマ。筆者は読後、人それぞれには事情があることを改めて感じ、道ゆく人を見る目が少し変わった

悩みを解決する提案として

最近、高橋さんはアートワーカーとして自身が所属するアトリエ「artco(アートコ)」に本棚を作ることを思いつきました。子ども向けのアート教室を担当する中で、「あれ?」と思う子どもを見かけたことがきっかけとなりました。

「家や学校で何かつらいことがあったのかもしれない。そういう時、直接子どもたちに声をかけるのではなく、本棚にある本を手にとってみてほしいと思いました。『世界はここだけじゃない』という提案をしたいと思ったんです」(高橋さん)

そしてその本棚に、『家でのこと』も置きたいと思ったと言います。そこには、ひとりの女性からもらったある感想がありました。

その女性の子どもの同級生が、学校に行けなくなってしまいました。その同級生の母親が先生にひたすら謝っているところを見かけた女性は、「謝らないで」と思ったそうです。どう言葉をかけていいかわからないけど、伝えたいことは「私も味方です」という思いでした。その手段として、『家でのこと』を手渡すのも一つだと思ったという内容でした。

「その感想を聞いて、そういう使い方もこの漫画にはあるんだと思いました。今はSNSの時代ですが、現実の世界で『ちょっとこれを読んでみて』と周りに言えること。隣の人といかに近い自分でいられるかの大切さ感じました」(高橋さん)

高橋さんの作品の中で、金子さんが特に好きな絵。「年齢、性別、国籍を問わず、笑い合っている。日常の一コマを切り取ったら、こういう瞬間っていくつもあると思うんです」(高橋さん提供)
高橋さんの作品の中で、金子さんが特に好きな絵を教えてくれた。「年齢、性別、国籍を問わず、笑い合っている。日常の一コマを切り取ったら、こういう瞬間っていくつもあると思うんです」(高橋さん提供)

誰しも何かしらの悩みや問題を抱えている中、『家でのこと』には読み手の潜在的な感情を引き出し、言葉として溢れ出させる力があります。それは、一人の読者を超えて、誰かを癒したり、支えになったりと広がっていっているようです。

前編を読む

【読者プレゼント】

この記事で紹介した高橋恵子さんの新刊『家でのこと』を3名の方にプレゼントいたします。

【応募方法】
こちらの応募フォームで、必要事項をご記入いただき、ご応募ください。応募者多数の場合は抽選のうえお送りします。

【締め切り】
6月11日(金)
当選者の発表は、商品の発送をもって替えさせていただきます。

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