もめない介護

人生会議・親の施設入所編 誰でもわかる決め時ポイント もめない介護107

花びらが貼り付いた雨上がりのベンチ
コスガ聡一 撮影

高齢の親の老後や介護にまつわる不安はさまざまありますが、なかでもよく相談されるのが「施設入所を検討する時期やきっかけ」についてです。

「元気なうちに、家族でしっかり話し合っておきましょう」とよく言われるけれど、元気な親に「そのうち、施設に入る必要も出てくるだろうけど、どうする?」と聞くのは、なかなか勇気がいります。親が元気でかつ、認知症となると、さらにハードルは上がります。親からすれば、青天のへきれきで、「施設に入れようとするなんてひどい!」と怒り出したり、不信感でいっぱいになったりするかもしれません。

かといって何も準備せず、なりゆき任せにしておいていいものかと、不安も募ります。
「いまはまだいいかもしれないけど、いつまでも家で暮らせるわけではないだろうし……」
「要介護3になったら、特別養護老人ホームに申し込んだほうがいい? でも、まだなんとか家で暮らせそうだし……」と、迷うことだらけです。

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インターネットで検索すると、さまざまな「施設入所を考えるべきタイミング」の情報がヒットします。たとえば、

  • 日中も介護者がそばにいないと危ない時
  • 介護の負担が増してきた時
  • 認知症が進行して将来が不安な時
  • 在宅介護が困難だと感じたとき

などなど。どれも、なるほど!と思いつつ、本人や家族が置かれている環境によっても、ずいぶん変わりそうです。

徘徊が見られた義母も徐々に落ち着いて

義父母の暮らしを振り返ってみても、「危ないと言えば危ないけど……」「介護の負担が増してきたといえば増してるけど……」と、モヤモヤの連続でそうそうバシッとは結論が出ない状態が続いていました。

認知症介護がはじまった時点で、介護経験のある友人・知人から「徘徊」「排泄」あたりが、分かれ道になるかもと聞かされてもいました。

フラッと家を出て行き、自分では帰ってこられなくなる。それが何度も続くと、家族の手には負えなくなる。
自力での排泄が難しくなり、昼夜問わずサポートが必要になったら、施設を検討したほうがいいといったアドバイスを受け、ある程度の覚悟はしていました。ところが、ふたを開けてみると、これらも分かりやすい目安にはなりませんでした。

というのも、認知症介護がはじまったばかりのころは、義母に時折、徘徊めいた行動が見られていました。もの忘れ外来の診察時に、義父が「どうも家内はわたしのドッペルゲンガーを見ているようで……」と相談したことで発覚。聞けば、義父と一緒に自宅にいたにもかかわらず、突然、「おとうさま(義父)が帰ってこない!」と言い残し、出かけてしまうということがたびたびあったそう。

しょっぱなからこの状態で、いったいどうなることかと思っていましたが、訪問介護や訪問看護など、介護体制が整うにつれ、義母の気持ちも落ち着いたのか、義父を探してさまよう機会は減っていきました。

「自力で排泄が難しい」状態だと言いきるのは難しく

一方、排泄問題については、こちらもなかなか判断が難しい状態が続いていました。

義父に尿失禁があり、時には便がもれてしまうこともあると知ったのは、最初の認定調査のときです。調査員さんとのやりとりのなかで、義父から自己申告がありました。義母は「わたしは、そんな失敗はしません」と澄ました顔をしていましたがその後、汚してしまった下着を部屋の片隅に隠してあるのが見つかり、ケアが必要な状態だったことがわかります。

尿もれパッドの調達役を義父からバトンタッチし、ネット通販でまとめて購入するようになり、失禁度合いに応じて、より多く吸収できるタイプにサイズアップ。当初は男性用・女性用をそれぞれ購入していたけれど、そのうち、義父母の判別が難しくなり、夫婦で同じものを使うことに。

やがてリハビリパンツを併用するようになり、リハビリパンツ×尿もれパッドの着用にも慣れたのはいいけれど、トイレに持っていくのを忘れることもしばしば。おそらく、パッド類の段ボール箱がリビングに置かれているのがわかりづらいのだろうと思い、いくつかトイレに持って行っておくと「こんなもの、見えるところに置くものではない」と義母が引き上げ、隠してしまう。その結果、義父はパッドを探して部屋をウロウロ。運悪く、パンツをずり下げた状態でリビングに戻ってきてしまった義父に遭遇し、見て見ぬフリをしたこともあります。

これは「自力で排泄が難しい」という状態に該当するのか、しないのか……。ギリギリセーフのような気もするし、そうでないような気もするし、なんとも悩ましい状態が続いていました。

施設入所を決断するも、拭いきれない迷い

以前、この連載でも紹介していますが、我が家の場合、いちばん最初の施設入所のきっかけは義父の入院です。訪問看護や訪問介護、通所リハビリ(デイケア)、宅配弁当などの介護サービスがあったとしても、義父の助けなしでの義母の一人暮らしは難しいと判断し、なかば強引に介護付き有料老人ホームへの緊急入所に踏み切っています。

しかし、そのまま、本格入所となったわけではなく、老人介護保健施設(老健)に移った後、退院してきた義父と合流。在宅復帰を果たし、その後、しばらくは自宅で暮らしています。最終的には、夫婦そろって介護付き有料老人ホームに入所するのですが、そのときも迷いなく施設入所を決断できたかというと、そうではありません。

義母はとりわけ施設入所を嫌がっており、義父は「家内が嫌がるので」と義母の意見を尊重していました。義父の食が細くなり、寝たり起きたりという日が続くようになってからも、その姿勢は変わりませんでした。
トイレに行ったのはいいけれど、ベッドに戻る途中で腰が抜けたようになってしまい、立ち上がれなくなった義父をヘルパーさんが見つけて仰天する、といったことが起きたのもその時期です。義母が手を貸そうと試みたけれど起こすことができず、ふたりで床に寝ころびながら、毛布をかぶってじっと待っていたそう。

「お隣に助けを求めに行こうかと思ったけど、騒ぎになっちゃいそうでしょ? 床暖房で暖かかったから、ちょうどよかったの」

ケロリと報告する義母に驚くやら、あきれるやら。義父は体力や気力の衰えを強く感じていたようで、「今日あたり、お迎えが来そうなので、あとのことはよろしくお願いします」と、訪問医に電話をかけていたと聞かされたのも、その時期です。

よその“大丈夫”と我が家の“大丈夫”がイコールとは限らない

明確なターニングポイントがどこだったのか、じつはいまだによくわかりません。しかし、いま振り返ってみると、家族とご本人、双方が何かしらの限界を感じた上で入所を決めたおかげで、後悔が少なくて済んでいるように思います。

ただし、同時に、必ずしも全員の感覚が一致するとも限らないとも感じています。

たとえば、家族が先回りして世話を焼きすぎると、家族はすでに疲労困憊で、これ以上はサポートしきれない……と思っているけれど、ご本人の暮らしは快適そのもの。なぜ、施設に行かなくてはいけないのか、まったく理解できないといったこともありえます。

逆に、ご本人はさまざまな困難を抱えているけれど、「迷惑をかけたくない」という一心で離れて暮らす家族には言えずにいるケースもあります。家族の中でも温度差があって、誰かが危機的状況に気づいたり、SOSを出したりしても、「考えすぎ」「深刻にとらえすぎ」などと打ち消してしまう人がいることで、次のステップに進めなくなることもあるかもしれません。

「ご家族が“これ以上は無理だな”と感じたら、施設入所に踏み切っていいと思います」

これは当時、担当してくれていたケアマネジャーさんから折に触れて言われていた言葉です。「もう少し在宅を続けてみよう」と思っていた時期も、「そろそろ厳しいかもしれない」と考え始めたころも、ずいぶんとこの言葉に励まされました。

ほかの家族にとって“大丈夫”だとしても、うちにとって大丈夫かどうかはまた別の話。わかりやすい正解・不正解がないのが悩ましくもありますが、親と自分の本音に耳を傾けつつ、自分たちにとっての答えを探していくことが大切なのではないかと思うのです。

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