診察室からエールを

若年性認知症の自分、娘は思春期、妻は主婦 重圧かかる男性に必要なのは

オオカミ

柳沢 新次郎さん(43歳):妻や子どもの「この先」が心配

大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」。今回登場する男性は毎回、出勤前にクリニックに立ち寄ります。その習慣には、この男性ならではの思いが隠されているようです。さあ、松本先生はどんなエールを送るのでしょう。

柳沢さん、おはようございます。いつも診療日に柳沢さんは必ず診察時間で最も早い枠を取られますね。会社に行くためですね。9時に診療が始まるといつもお会いしますからね。出勤前に受診されなくても、うちの診療所は土曜日の午前中も空けていますから、その時に来ていただいてもいいんですよ。

あ、そうなのですか。敢えて会社に行く日の朝にボクの診察を受けて、その後、出勤することにしているんですか。その方が安心されるのでしょうね。

え、そうではないのですか。あら、ボクの解釈はピントがずれていましたか。それはすみません。柳沢さんの気持ちに寄り添いたいと思ったのですが、ボクが医者側の勝手な解釈をしていたらしいですね。

なるほどね、柳沢さんは平日の朝一番に受診して、ボクと話すことで気持ちの整理をつけてから、「エイヤッ」と気合を入れて会社に出かけて仕事に臨んでいるということですか。それだけ仕事が負担になることもあるからなんですね。

社長という立場に苦しめられている?

柳沢さんは若くして上場企業の部長になり、その後、ご自身で会社を興した人ですから、周りの人がみなさん、部下ですよね。その立場があなたを苦しめているのでしょうね。誰にも相談できない、ひとりで決断しないといけないと思っているからでしょう?

この病気は「なったらおしまい」ではなく、「なってからこそが勝負」とボクはよく柳沢さんに言ってきたと思います。あれ、本当に本心からなんです。一般的に若年性認知症の人は病気の進行が早いと言われますが、決してそうではない例もたくさんあることを、ボクは自分の診察の現場で診てきました。ある程度になると若いことが幸いして、悪化のレベルが留まる人も多いのです。

でも、その際に大切なのは、自分の不安や恐怖を分け取りしてくれる人が身近にいるか、ということです。柳沢さんが一人で悩むのとは大きく「差」が出ると思います。責任あるお立場ですが、あなたの不都合さや、これまでできた決断がうまくいかないことなどを、誰かと相談しながら病気と向きあうことが、その後の安定につながります。

娘は16歳、妻は経済的な「柱」に?

家に帰った時、その不安が最も大きくなるのですね。奥さんや子どもさん、特に柳沢さんはひとり娘さんが16歳とお聞きしました。娘さんのこれからの進路や進学のことを考えると、夜も眠れないほど不安になることがあると先日も言っておられましたね。

奥さんもこれまで仕事の経験がないんですね。柳沢さんが仕事を続けることができなくなった場合、ご家族の経済的な柱になるのは奥さんですね。ほかの誰からの協力も得られないと言っておられましたからね。「妻と娘のことを考えると、自分の病気のこの先に対する不安よりも、ふたりのこの先のほうが気になる」と思います。

社会的なポジションを自分の変化に合わせる

今日は医者としてではなく、柳沢さんのこれからを考えた場合、できる限り社会的なサポートが受けられるようにするため、いくつかの課題を考えてみましょう。まず、何よりも柳沢さんのように若い人がこの病気になった場合、社会的なポジションを、どのようにご自身の変化に合わせて変えていくかが大切なポイントです。

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若年性認知症、柳沢さんの決意

柳沢さんがご自身の病状に対して不安がないように、ボクはできる限り医学的な情報提供に努めます。自分に起きていることが何なのか、しっかりと理解して向き合うことが大切であることは、改めて言うまでもないでしょう。

さらに柳沢さんのように、社会的な立場がある人の場合には、これから先、病気の影響が出てくることで「できること、できなくなること」を振り分けなければならなくなるかもしれません。その時に備える準備や、会社での仕事が難しくなってきた場合に備えて社会制度の活用(たとえば医療・福祉の手続きなど)を見越して「何を準備するか」を考えておくことも大切です。その手伝いをボクや診療所の社会福祉士がおこないますので、遠慮せずにお知らせください。

自分よりも、ひとを思うこころがあればこそ

あなたはうちの診療所に来てから、ずっとご自身の病気のことよりも、ご家族や会社の部下のみなさんの「この先」を案じてこられました。自分のことも大切である一方、他者に思いを馳せる柳沢さんを見て、ボクはずいぶんと力づけられました。その勇気に応えるために、これからも一緒に認知症と向きあっていきましょうね。

次回は「自分では覚えていないのに、手をあげてしまった」について書きます。

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