もめない介護

老いた本人に自覚なし「年寄りみたいでイヤ」にヒントあり もめない介護105

公園で遊ぶ親子
コスガ聡一 撮影

「デイサービスなんて行っても気が滅入るだけよ。おじいさんとおばあさんしかいないんだから」
「見渡す限り、年寄りばっかりなんだもの。イヤになっちゃう」

高齢の親や祖父母から、こんな愚痴を聞かされて苦笑いしたことはないでしょうか。自分のことは棚に上げて、周囲にいる高齢の方たちに対して言いたい放題。子どもや孫が「自分だって立派なお年寄りですよ」と言っても、聞こえないフリ。都合が悪い話には馬耳東風を決め込むのもお手のものです。

たまに聞くぶんには苦笑いで済ませられても、しょっちゅう聞かされているとイライラもするし、時にはカチンとくるかも知れません。「どうしてそういうことばかり言うの!?」とつい声を荒らげてしまい、後から自己嫌悪に陥るというのも“介護あるある”のひとつです。

「年をとった自覚を持って!」と、高齢の親に迫ったところで、「おっしゃる通り。心を入れ替えて、年をとったという自覚を持ちましょう」なんて思ってくれる可能性はほぼゼロです。自分の身に置き換えてみても、年齢を引き合いに出されて、「年相応にしっかりしなさい(稼ぎなさい、落ち着きなさい……etc)」と言われたら不愉快さが募るばかり。とてもじゃないけれど、素直に言うことを聞く気にはなれないのではないでしょうか。

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かといって、老親が口にする“年寄りっぽさ”へのこだわりと愚痴を繰り返し聞いていると、じわじわとストレスがたまっていきます。うちの場合、「年寄りみたいでイヤ」を連発していたのはもっぱら義母でした。トイレマットなどの生活雑貨を選ぶときも、色が「年寄りくさいかどうか」は重要で、服や靴の色味も「おばあさんぽいかどうか」は厳しくチェック。派手な色合いは嫌うけれど、かといって紺色や茶色など地味な色は却下されることがほとんど。毎週通っていた通所リハビリ(デイケア)に対しても「あそこは年寄りが多いから」と文句を言っていました。

“年寄りっぽさ”“おばあさんらしさ”とは

「まあまあ、おかあさん、そう言わずに……」

最初のころは、おっかなびっくりなだめていたりもしましたが、この程度では勢いはとまりません。むしろ、へたになだめようとすると「だってね!」とより一層、強く主張される羽目に。「いかに年寄りくさいのか」というプレゼンが始まってしまうのです。

そこで作戦変更! 「どのあたりが“年寄りっぽい”と感じるのか」「“おばあさんらしさ”とは、どういうイメージなのか」と根掘り葉掘り聞いてみることにしました。

「この服はダメね。なんか、お年寄りっぽいじゃない」
「そうですか。どのあたりがお年寄りっぽいですか」
「だって、色がねえ……ちょっと暗い色でしょう」
「なるほど。暗い色だとお年寄りっぽく感じるんですねえ。おかあさん、紺色はあまり好きじゃないですか」
「嫌いってこともないけど、暗く見えるでしょう」
「よく似合いそうですけどねえ」
「むかしから紺色は似合うって言われるけど……でも、お年寄りっぽい色を着ると、気分が老け込んじゃうでしょ」
「気分が老け込んじゃうのはよくありませんねえ。こっちの水色はどうですか。明るい色ですよ」
「この明るいのはいいわねえ」

延々と繰り言のように続く“お年寄りっぽくてなんかイヤ”も、掘り下げて聞いていくと、本人が引っかかっているポイントが少しずつ浮かび上がっていきます。

お互いが機嫌よく過ごせれば、それで十分

もっとも、大真面目に質問しているとそれはそれで疲れるので、ほどほど適当な“おうむ返し”を交えながらおしゃべりします。ぜひとも本音を知りたいというよりは、今後の介護に役立つ「こだわりポイント」が見つかればラッキー程度。仮に何も見つからなかったとしても、思う存分言いたいことをしゃべることがガス抜きになり、お互いが機嫌よく過ごせれば、それで十分なのです。

「○○○(通所リハビリ施設の名前)って、どうしてあんなに年寄りが多いんでしょうね」
「どうしてでしょうねえ。そんなにたくさんいますか?」
「見渡す限り、おばあさんばっかりですよ」
「そんなにたくさん! 何人ぐらいいるんですか」
「それはよく知らないけど、たくさんいるわよ」
「おばあさんばかりで、おじいさんはいないんですか」
「おじいさんもいるにはいますね。でも、ちょっとだけしかいないの」
「そうですか! すごいですねえ」
「そう。すごいのよ! 何が?」
「何がでしょうねえ。アハハハハ」
「あなたって、いやあねえ」

話している途中に、どこに着地しようとしているのかわからなくなることもあります。でも、お互いに「なんの話をしようとしてたのよ!」なんて責め合わない空気感が当たり前になっていくと、肩の力が抜けてラクになります。中身がほとんどないような会話で笑い合い、時間を共有する。そのたわいもない時間が安心感につながると実感しています。こうしたやりとりができるようになると信頼感がある前提になるので、老親とのコミュニケーションも、がぜんラクになります。

生活の質を上げ、意欲を取り戻すヒントになることも

一方、同じ「年寄りっぽくてイヤ」という愚痴や文句でも、もっと具体的な解決策を求めているケースもあります。

義父は日ごろ、くどくどと文句を言うタイプではありませんでしたが、唯一、「年寄りっぽくて困る」の訴えがあったのは、食事に関することでした。栄養バランスをとりやすく、義父母の家事負担も軽減できるという利点から宅配のお弁当を頼んでいましたが、義父母ともに「味つけが年寄りっぽい」とこぼしていました。

義母の愚痴は毎度おなじみになりつつありましたが、夫婦そろってというパターンは珍しく、よくよく義父に話を聞いてみると、魚メインのおかずはあまり好きではなかったらしいのです。ただし、昭和ひとケタ世代の義父にとって、食べ物の好き嫌いを言うのは言語道断。ガマンすれば食べられないことはないが、食は進まない。できれば、好物の生姜焼きやとんかつを思う存分、食べたいのだが……という葛藤の末、出てきたのが「年寄りっぽくてちょっと……」という表現だったようでした。

義父は高血圧などの持病はあるものの、食べ物の制限があったわけではありません。むしろ心配なのは、どんどん食が細くなっていること。気乗りがしないメニューで少ししか食べられないより、好きなものをしっかり食べてくれたほうがありがたいわけです。

「年寄りっぽくてイヤ」には、生活の質を上げ、意欲を取り戻すヒントも隠されています。深刻に受け止め過ぎず、さりとて完全無視を決め込まず、ほどよく付き合える距離を探っていきましょう。

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