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介護費用は誰が払う?逃げ腰夫も腹をくくれた好機とは?もめない介護101

沢山の小銭
コスガ聡一 撮影

介護にお金の悩みはつきものです。80歳を過ぎても元気いっぱいだった義母に、「認知症かもしれない」と思わせる言動が次々に現れていた当時は、何はともあれ、もの忘れ外来を受診してくれることが最優先。介護費用の相談どころではなく、とにかく機嫌を損ねず、受診につなげることだけで精いっぱいでした。

この連載でもご紹介していますが、義母が「中程度のアルツハイマー型認知症」の確定診断が下ったのとほぼ同じタイミングで、義父も「軽度のアルツハイマー型認知症」だと判明。高齢の夫婦ふたり暮らしで、双方が認知症となると、生活スタイルの見直しが急務になります。自分たちがかかわる機会が増える上、義父母をなるべく混乱させることなくスムーズにものごとを進めようと思うと、自然と、通院のためのタクシー代や日用品、外食費といった立て替えがこまごま発生することに。

「ここは俺が払っておくからいいよ」
「そうなの。それは悪いわよ……財布、どこにやったかしら」
「いいから。払っておくよ」
「なんだか申し訳ないわねえ」

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夫と義母のやりとりを耳にするたびに、モヤモヤしていました。

「払っておく」じゃなくて、「立て替える」とハッキリ伝えないと、「おごってもらった」という誤解が生まれる気がするし、そもそも後から「清算してほしい」って言いづらくならない!?

とはいえ、親子のやりとりに、赤の他人である私が口を出すのも筋が違う気もするし、夫が「大丈夫」と言ってるのに、「大丈夫じゃないよ!」と言ってもラチがあかない話になりそうだし……。白黒つけたいけど、決め手に欠ける。そんな状態が続いていたある日、チャンスが巡ってきました。

介護保険サービスの手続き時はチャンス

訪問看護や訪問介護などの介護保険サービスを利用するにあたって、利用契約と一緒に「口座引き落とし」の手続きが必要になります。引き落とし先を義父母の「年金受け取り口座」に設定すれば、少なくともその部分に関しては立て替えが発生せず、義父母自身に払ってもらう状況がつくれます。

また、この時点では義父母の年金総額は把握できていませんでしたが、夫婦でフリーランス(国民年金)のわたしたちと違って、義父は銀行員として定年まで勤め上げた人なので、年金額はわりとゆとりがあるはず。月々決まった年金額が振り込まれる口座であれば、残高不足の心配もないだろうと踏んでいました。

さらに、介護保険サービスの引き落とし口座に設定すれば、その後、義父母の承諾を得て、通帳の中身を見せてもらい、年金額を把握するといったこともしやすくなるかもしれない、という期待もあったのです。

契約手続きを義父母だけで対応するのは難しくわたしも立ち会いましたが、義父母としては理解する気満々。契約書の隅々に目を通し、「これはどういう意味ですか?」と繰り返し質問する場面もありました。そして、「引き落とし口座は、どの口座にしましょうか?」と義父母に相談すると、義父が持ってきたのは年金受け取り用の口座だったのです。ブラボー!

肝心な場面では腹をくくる夫に感心

通院時のタクシー代や箱買いしているペットボトルのお茶(水分補給用)など未解決の立て替え経費はありつつも、ひとまずランニングコストは解決! ……と喜んだのもつかの間、「書類に不備がありました」「印鑑相違で再手続きが必要です」という連絡が各事業所から次々に入り、ガッカリすることになります。

義父にそのことを伝えると、「ほかにもあった」と複数の印鑑を探し出してくれましたが、どれが銀行印なのかは「わかりません」。義母に「あなたはどれだと思う?」と聞かれても、笑うしかありません。

この問題を解決するのに手っ取り早いのは、長男である夫が、介護費用専用の口座を開設し、そこから引き落としてもらうという方法です。でも、ふたり分の介護費用を我々がまるまると立て替えるのはあまりにつらく、厳しい道です。親に代わって介護費用専用口座を開設するのはいいとしても、支払いにあてる“軍資金”はぜひとも義父母からお預かりしたい。そうしないと、我が家の財政が破綻してしまう! という、のっぴきならない状況でもありました。

「次に会ったとき、親父と話をしようと思う」

慎重すぎるぐらい慎重なことで、隙あらば「折りを見て……」「様子を見よう」と言葉をぼかしがちな夫が珍しくキッパリと宣言しました。全体的に逃げ腰だけれど、本当に肝心な場面では腹をくくるのだなと、妙に感心したのを覚えています。

「ただ、親父にどう伝えるかが問題なんだよな」
そこはおっしゃる通りで、わたしも気になっていたところです。もともと几帳面な義父にとって「印鑑相違」は大ショック。「もと銀行員なのに、印鑑の管理もできないなんて情けない」と落ちこんでもいました。そこに変な追い打ちをかけたら、「やっぱり介護サービスなんていらない!」と思わぬ方向に飛び火するリスクもあるのではないか、という懸念もありました。

焦らずじっくり吟味して、受け入れてもらいやすい提案を

そこで、義父と話をする前に入念なシミュレーションを重ね、伝え方を検討することに。最終的にわたしたちが選んだのはこんな言い回しでした。

「これからもいろいろあるだろうから、今後必要な支払いの手続きを代行させてくれないか」

息子である夫から義父に対する“お願い”だったので、カジュアルな言い方にしましたが、もしわたしから義父にお願いするとしたら「代行させていただけませんか」にしていたと思います。

認知症やもの忘れ、印鑑がわからなくなっていることには一切触れず、サポートしたい旨をフラットに意思表示することを意識しました。それは義父のプライドを傷つけることなく、サポートを受けやすい状況をつくりだしたかったからです。

もっとも、義父にピシャリと断られることも想定していました。「断られた場合はいったん引き下がり、毎月一緒にATMに行く」という別プランも立てた上で、義父におそるおそる切り出したのです。結果はふたつ返事でOK。拍子抜けするほど簡単に承諾が得られ、しかも、預貯金の状況などを開示してくれるという思わぬ展開となりました。

介護費用に関する話し合いが大きく進展するきっかけは、もともとの親子関係やご家族の事情によってもさまざまかと思いますが、「介護サービスの利用契約時」はひとつチャンスです。

言いづらく、切り出しにくい時期が続いてもあきらめず、チャンスが巡ってきたら、一歩踏み出してみましょう。ただし、焦ってやみくもに踏み込むのではなく、親の性格やキャラクターを吟味しながら、なるべく相手が受け入れやすいボールを投げてみる。断られても必要以上に傷つかないよう、「プランB」「プランC」と複数の作戦を立てておくことをおすすめします。

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