「意味性認知症」悲嘆する女性の力になろうと医師は… 認知症と生きるには12
執筆/松本一生、イラスト/ふくいのりこ
大阪で「ものわすれクリニック」を営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」。朝日新聞の医療サイト「アピタル」の人気連載を、なかまぁるでもご紹介します。 さまざまな型の認知症があり、その正確な特徴をつかむことで、その人が持っている力を支えることができます。前回は、(1)アルツハイマー型(2)血管性 についてでしたが、今回はその続きで、残りの認知症について考えてみましょう。(前回はこちら)
(3)レビー小体型認知症
厚生労働省研究斑の調査結果によると認知症全体の4%程度と言われています。アルツハイマー型認知症の「アミロイド」に対して、こちらは「シヌクレイン」という物質がたまって脳が萎縮します。ものを見る中枢(視覚中枢)の後頭にも萎縮が及ぶため、幻視という特徴的な症状が見られます。この幻視はとても現実感(リアリティ)があるものですが、注意がそれると消えやすい特徴を持っています。
それ以外にもパーキンソン症状が出やすく、手足が震えたり足の運びが「すくみ足」になったりすることがあり、自律神経の調整がしにくくなって転倒が増えることもあります。ある独りぐらしの女性について、受診に同伴したホームヘルパーさんが「最近、よく家で転ぶんです」と私に報告してくれたことで初めて、精密検査に至り、レビー小体型と診断できたこともあります。女性のふだんの生活を見ているホームヘルパーさんの底力に助けられました。
(4)前頭側頭型認知症
脳の前頭葉と側頭葉が萎縮する病気の中に、前頭側頭型認知症といって「わが道を行く」「無頓着さが出る」ような行動が出やすくなるものと、言葉の意味が分からなくなるもの(意味性認知症)などが含まれます。10年ほど前までは前頭側頭型認知症と言えばピック型認知症に代表されるような、「激しい混乱がある認知症」と解釈されていましたが、そのような人ばかりではないことが現在ではわかっています。
10年ほど前に出会った意味性認知症の増田良子さん(仮名)は、泣きながら私に言いました。
「大きな病院で、『前頭葉と側頭葉に病変がある意味性認知症』と診断されました。言葉の意味が分からなくなることもつらいのですが、それよりも私はこの先、子どもたちの顔もわからなくなって暴力をふるうような人間になってしまうのでしょうか」と泣きました。
予測が難しいこの病気に対して、医師として漠然と「安心しなさい」などと言えないことはわかっていました。そこで、その時、何とか増田さんの力になれないかと考え、彼女のMRI画像を見ました。変化している部分から考えると、彼女が子どもの顔もわからなくなり、その大切な家族に暴力をふるうようにはならない、と思いました。そこでそのことを伝えると、彼女は言いました。
「そうですか、私は大切な子どもに何をしでかすかわからない自分になるのでなければ、この先も病気と向き合っていこうと思います。そばで見守ってください」
限りない悲しみや絶望の中でも、その人にとって最も大切なことを守れるような後押しがあれば、ひとは明日に向かう自分をイメージすることができます。
(5)「仮性認知症」とは
それ以外にも、認知症の症状が出るものには50以上の原因がありますが、特に注意を要するのは「仮性認知症」です。たとえば脳内には脳脊髄液の入った「脳室」というところがありますが、そこが大きくなっている「正常圧水頭症」や、脳の外側の硬膜と骨の間に血がたまり(血腫)、脳を圧迫して認知症のような症状が出ている場合もあります。いずれも本当の意味での認知症ではなく、その原因を取り除くと治るものなので、仮性認知症と言われ、これを見分けることがとても大切です。
私も家族や介護職の皆さんから「先生、この人は何型の認知症ですか」と聞かれたとき、即答に困ることがあります。なぜなら、今は側頭にある複数の小さな脳梗塞がその人の病状に最も影響していると考えられたとしても、脳が変化していく過程で、それ以外の所で海馬の萎縮やアルツハイマー型認知症の変化が出てくる人もいます。誤解を恐れずに書くと、本人と家族への説明の際に「アルツハイマー型認知症の脳の萎縮もあるけれど、今は血管性認知症の症状が前面に出ている」といった説明をすることもあります。
最近の考え方には、これまでのように「あるひとつの原因」があれば「ある種の認知症」になる、といった単純な理由ではなく、脳の細胞に余計なたんぱく質がたまりすぎてしまうこと(アミロイドやシヌクレインなどと呼ばれます)、脳内のリン酸化の不具合、体中の炎症そして血管の詰まりなど、たくさんの面で脳に変化が起きて、そのうちどの面が強く出るかによって「ある型」の認知症と呼ばれるようになるという仮説があります。
先に説明したように、脳細胞全体が萎縮して海馬が小さくなっているけれど、それと並行してとても小さな(微小)脳梗塞が多発もしていて、「この人は血管性認知症の側面も持っている」と考えながら対応することもあります。
このような認知症の多様な面を考えつつ、基本的にはどの種類かを知ることは本人、介護者のみならず地域の私たちが知るべき大切な情報です。個人情報の保護と人権に配慮しながら、目の前にいる認知症の人のこころを大切にしたケアをするための「道しるべ」になればと思っています。
※このコラムは2017年9月21日にアピタルに初出掲載されました。