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介護施設で、あるある探検隊♪

88歳がバンジーご所望 さてどうする? あるある探検隊の活動報告65

「あるある探検隊」のリズムネタで一世風靡したお笑いコンビ・レギュラーの松本くんと西川くんは、いま全国の介護施設をまわって、お年寄りたちを笑顔にする活動をしています。ところがここ半年以上、新型コロナウイルスの影響で思うように活動ができません。いまはとにかく自分たちの介護レクリエーションのノウハウを蓄えていくのみ! 
そこで、「老い」をテーマに演劇活動をする劇団「OiBokkeShi(オイボッケシ)」を主宰する岡山県在住の菅原直樹さんとオンラインで結び、指南してもらうことに。後半の今回は、菅原さんが実践しているオンラインワークショップを、レギュラーの2人が体験しました。

写真は毎回、レギュラー公式マネジャーがスマホで撮影した「渾身」の1枚です!

「これから、演劇の世界でよく行われている『イエスアンドゲーム』の介護バージョンをやってもらいます」
劇団を主宰する、俳優で介護福祉士の菅原直樹さんは現在、これまで主に介護職員向けにリアルの場でやってきた「老いと演劇」のワークショップをオンラインで実施している。これは、介護職員と認知症のお年寄りのやりとりを“演じる”ことで、お年寄りたちがどう感じているか体験してもらおうという試みだ。
やり方は、そんなに複雑なものではない。

「1人が認知症のお年寄り役、もう1人が介護職員役です。お年寄り役からの提案に、介護職員役はとにかく『いいね』と肯定し、さらに『アンド』として、その提案を実現するために自分の意見を付け加えてください」

たとえば、「旅行に行きたい」と言ったならば、「いいね、レンタカー借りてこようか」「いいね、旅行雑誌買ってこようか」「いいね、仲間集めようか」といった具合だ。
そんな菅原さんの説明のあと、西川くんが認知症のお年寄り役、松本くんが介護職員役になり、介護版「イエスアンドゲーム」が始まった。

「まず介護職員役の松本さんは、3大介護と呼ばれている『ご飯』『トイレ』『お風呂』のどれかで、西川さんに声かけをしてみてください」

松本くんの声かけに対して、お年寄り役の西川くんは、文脈のズレた“願望”を言う。これは「稲刈りしたい」「宇宙に行きたい」「野球選手になりたい」などなんでもいい。介護職員役の松本くんはびっくりして、「いやいや」と否定したくなるところを、「イエス」と「アンド」で答える――という手順だ。

ここから2人の実践。介護職員役の松本くんが、西川くんの前でしゃがんで話しかける。

松本くん 西川さんー、西川さんー。ご飯できました。食べますか?

西川くん ん? バイクに乗りたいなー。

松本くん 一緒、一緒。僕も乗りたいんや。免許持ってないですよね。でも僕が持ってるから乗りに行きますか?

西川くん 乗りたい! 大きいのに乗りた〜い!

ここで菅原さんのアドバイス。

菅原さん お年寄りへの共感がよくできていたと思います。ただ、「免許持ってない」はなくてもいいかもしれませんね。ここはゲームなので無責任に、どんどん乗っかればいい。とはいえ適当に「はいはい」と言うだけでなく、お年寄りの世界に入り込んで、そこの住人を本気で演じることが大事です。
ここで、参加者からよく出てくる感想が、「無責任にウソを言うことになるから、罪悪感を感じる」ということです。それと、否定のコミュニケーションが染み付いてしまっていて、どうしても食事につなげたくなってしまう。ついつい否定しちゃうんです。それが、現実の現場で起きていることです。

続いて、菅原さんが作業に追われる新人介護職員役、西川くんが、その先輩のベテラン職員役、そして松本くんが認知症のお年寄り役という配役で、今度は「否定」パターンも入れてやってみることに。

菅原さん 私がご飯に誘いますので、松本さんはトンチンカンな提案をしてください。僕は、焦って松本さんを食堂にさらに強く誘いますが、うまくいきません。そこに先輩職員の西川さんが登場して、お年寄りの話をとにかく受け入れる“達人の技”を見せてくれる。そういう流れで、はい、スタートです……松本さん、松本さん、ご飯行きましょう。

松本くん 20歳の記念に、バンジージャンプに行きたいです。

菅原さん 松本さんは20歳じゃないですよ。バンジージャンプも無理です。だって88歳ですもん。それよりご飯に行きましょう。みんな、待っているから。さ、行きましょう。

松本くん バンジージャンプを飛んでから。

菅原さん そんな言葉どこで覚えたの? ダメですよ。無理です。ご飯、ご飯。

松本くん 無理なんですか? 今日が定休日とか?

菅原さん これからずっと無理です。だって松本さんは88歳ですもん。あ! 西川先輩。いま松本さんに食事のお声がけしたんですが、20歳の記念にバンジージャンプしたいと言っていまして……。

西川くん なに、松本さん、飛びたいの?

松本くん (うなずく)

西川くん ええやん! 行こう、いますぐ行こう。高いところ、好きなの?

松本くん 20歳の記念なんで。

西川くん ほんま若いな、松本さんは。20歳か。やっとこれからいろんなことできるな。バンジージャンプもその記念か。すばらしい!

松本くん おカネはかかりますか?

西川くん いや、僕が払うで。その代わり、一緒に飛んでもええか?

松本くん じゃあ、先に飛んでください。

西川くん えー!

菅原さん はい! OKです。素晴らしいですね。ここで松本さんに質問しますね。私が演じた「否定」して現実に戻そうとする介護職員に、どんな感情を持ちました?

松本くん 声を荒らげて、せわしなく否定されてるんで、こっちの意見はぜんぜん聞いてもらってないなという感じがました。僕にやってほしいことがあるんでしょうね。それがうまくいかないでピリピリ。怒られてる気分になりました。

菅原さん 新人職員役の僕としては、怒っているわけでもイジワルをしているわけでもなくて、事実を言っているだけつもりなんですが。なかなか伝わらなくて、お互いに感情的になって意固地になっていましたよね。じゃあ、西川さんのベテラン職員には、どんな気持ちになりました?

松本くん にぎやかな感じで、一緒に行ってくれると言うし、なんか褒めてくれてる感じがありましたね。このあと、ご飯に行きましょうと言われたら……どうやろう、バンジージャンプのおカネも払ってくれるっていうし(笑)。あれだけ言うこときいてくれるから、この人の言うことなら聞いてみようかなと、思いました。

菅原さん それにしても、さすが芸人さんですね。短時間で、あれだけ信頼関係を作れるのはすごい。おふたりが施設でやっている、利用者さんとの信頼関係の築き方が、いまのお芝居に出ていましたね。介護現場でいちばんに求められているのは、そういう信頼関係なんじゃないでしょうか。

実際に演じてみたレギュラーの2人は感心しきり。菅原さんによると、ワークショップでは、菅原さんが松本くんにやったような「否定」を体験すると、「頭に来て手が出そうになった」という声もあったという。
「つまり認知症の人も認知症じゃない人も、自分をわかってもらえないことのいらだちは、同じなんですよね」

演劇やお笑いをやっていると、他者に好奇心を持つということが自然とできているのかも知れない、と菅原さんは言う。
「それが、いま介護現場で求められるものなんじゃないかなと思います。介護を一生懸命やっている人も、時間に追われると『モノ』のように扱わないと物事がきちんと進まない。そこが介護現場のジレンマです。そこに、演劇やお笑いという異分野の要素を持ち込むことによって、介護の本来の楽しさみたいなことを復活させることができたらいいなと考えています」

松本くん しかし、勉強になったわ〜。「イエス」だけじゃなくて、「アンド」で一歩踏み込む。もちろん、なんでもハイハイと適当に応じているのとは違う。あしらうんじゃなくて、心からその世界に足を踏み入れるってことやね。

西川くん でも、いざ施設のスタッフさんがそうしようとしても、簡単じゃないんやろうな。僕が演じたベテランの職員さんみたいに、お年寄りが「バンジージャンプをしたい」と言えば、食事そっちのけでお年寄りの世界に入っていきたいという気持ちもあるんだろうけど、実際は、大規模施設になると時間に追われて、スケジュールをこなすのに精いっぱいやもんな。

松本くん 僕らはレクリエーションだから、せめてその時間は、利用者さんの言うことにツッコまないで、ぜんぶ乗っていこうと心に決めたわ。いま世の中では、お笑いコンビ「ぺこぱ」の“ツッコまないツッコミ”が注目されてることやしな。むしろ、ぺこぱのスタイルは介護に向いてるのかも知れない(笑)。

西川くん しかし、お年寄りの言うことを受け入れようという気持ちはあっても、すべて「否定」しないっていうのは、意外に難しいことや。僕はツッコミ担当やから、「いやいや」が口癖。ここからして否定やもんな。これを封じられるって、ほんま厳しいわ。演じていて楽しかったけどな。

松本くん まあ、でも、菅原さんに教えてもらった「イエスアンド」は、実は、新しい漫才の形になるかも知れんよ。「ツッコミ」を「アンド」にする。「いやいや」ではなくて、提案型や。そのうち僕らの舞台でも、「松本さん、松本さん、ご飯の時間ですよ〜」とか、やってるかも(笑)。

西川くん 松本くん、それは確かにアルな!

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