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認知症と生きるには

薬との上手な向き合い方 期待し過ぎは禁物 認知症と生きるいは57

効果あり、問題発生

大阪で「ものわすれクリニック」を営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」(朝日新聞の医療サイト「アピタル」に掲載中)を、なかまぁるでもご紹介します。今回は、抗認知症薬の使用をどのように考えるかについて、紹介します。(前回はこちら

今回のテーマは認知症に対する治療です。みなさんもご存知だと思いますが、現時点で認知症を完全になくせる治療薬はありません。でも「薬で病気が完全に良くなる」ことを期待するのは、当事者・家族のあたりまえの気持ちですね。家族として薬をどのように考えるか、いっしょに見ていきましょう。

現在、保険診療で使われている主な薬は脳内の神経がお互いに連絡し合うときに必要な化学物質(アセチルコリン、ブチリルコリン)などが分解されないように保つ薬や、脳の保護をする薬などの抗認知症薬があります。脳細胞を復活させることはできないのですが、ある程度までなら「適切な処方をすれば効果がある」というのが私の印象です。

模索しながら治療

精神面や脳の働きに関する薬は、ほかの身体面への薬のような「手ごたえ」を感じにくいのが特徴です。例えば抗生物質を感染症に使う場合、その人に薬が効く感受性を調べて処方すれば、誰に使っても効果が見えます。抗がん剤なども同様です。

ところがメンタル領域やとくに認知症の場合には、「この薬にはこの効果が出る」という明らかな結果が事前に予測しにくく、人による差も大きくなります。もちろん製薬会社が実証をくり返して保険認可を受けた薬なので、効果があるのは確かですが、私の臨床ではいつも迷いながら処方しています。

認知症の初期の段階で適切な抗認知症薬を服用したことで、私が予想していたよりもはるかに長い期間、悪化しなかった人がいました。

83歳の女性の場合、自らの記憶力低下に気づき、自分の意思で受診されました。抗認知症薬が奏効して、その後5年間はアルツハイマー型認知症が極端に悪化することなく生活が続けられました。「認知症の進行を完全に止めることはできなくても、良い状態を長く続けることができれば人生を後押しできる。これこそ認知症の治療だ」と私が思うきっかけになった人です。

でも、そうはいかない人もいます。69歳の血管性認知症の男性の場合、典型的なアルツハイマー型認知症ではなかったため、抗認知症薬を服用するとかえってイライラ感が増してしまい、介護していた妻に対する「激高した発言」が多くなってしまいました。慌てて処方していた抗認知症薬を中止した、苦い思い出があります。

もう、気づかれたでしょうか。抗認知症薬はその薬が合うタイプの認知症と、そうではないものとがあります。アルツハイマー型だと思っていても、血管性認知症の微小脳梗塞などが重なった場合、思ってもみなかったマイナス面が出る場合もあります。このため、私はいつも処方の結果を見ながら調整するようにしています。

認知症による、幻覚やうつ、妄想などの行動心理症状を安定する薬もしかりです。混乱した状態が続けば結果的にその人の認知症が悪くなるため安定剤を使うことがありますが、多すぎると過剰鎮静、抑制、時には突然死になることがあるため、できれば使わないか、使っても少量にとどめています。

「夢の薬・治療法」はある?

私は認知症の薬を使う場合、抗認知症薬によって「上げる(脳の働きを後押しする)」作用と安定剤の「下げる(混乱を抑える)」効果とを天秤にかけながら薬を考えます。判断基準は介護している家族から見た状態像や介護職から聞く「その人の状態」です。家族が「雑誌に夢のような治療が紹介されていた」と言って、その治療を求められることがありますが、夢の薬・治療法に期待しすぎないことも大切です。個人差もありますが生活習慣病が悪化しないようにしながら、その人の状態を安定させることが、結果的には認知症の悪化を後ろ倒しする大きな力だと思っています。

別の言い方をすれば、薬物よりも効果的なのはそれ以外の運動や他人との交流といった「非薬物療法」なのですが、薬の効果に比べると実証(エビデンス)に欠けるため、「非科学的だ」などと言われます。

ただし、私の診療所で29年間に診た8150人のカルテを追いかけてみると、次のような傾向もありました。①生活習慣病の経過が良いこと②制限されていない限り15分程度の運動③他人との交流や会話といった「あたりまえ」のことに心がけ、薬は少量適切にして状態が安定している。こうした人は混乱をくり返す人よりも認知症が悪化しませんでした。

糖尿病や高血圧には適応される慢性生活病への対応が、実は認知症に対しても効果的です。認知症はならずにすめばそれに越したことはないけれど、なったからと言って「それで終わり」の病気ではありません。「なってからが勝負」の病気です。悪化させないことが最大の治療であると思います。

次回は「行方知れずになる人を心配する家族」について書きます。

※このコラムは2020年1月17日に、アピタルに初出掲載されました

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