介護する子どもたちの実態把握へ~ヤングケアラーを知っていますか
取材/青山ゆずこ 写真/神出 暁
勉強をして友だちと遊ぶ――当たり前のような暮らしができない子どもたちがいることをご存じでしょうか。進学や就職の選択肢が狭まってしまうこともあるようです。その原因が「介護」だとしたら? 体験者に話を聞きました。
母のそばにいられないような業種を選んでいいのか
「母がアルツハイマー型の若年認知症と診断されたのは2005年、母が50歳のとき。私は就職活動を控えた大学3年生でした」
そう話すのは、朝日新聞の畑山敦子記者(35)です。父親は3年前に病気で他界していたため、当時は母親と高校生の弟との3人暮らし。若年認知症という診断は、父親の余命を宣告されたときくらいの衝撃だったと言います。
「私と弟はすぐには受け止められなくて、そろって茫然としていた気がします。同時に『この先の人生、どうしよう……』と漠然とした不安に襲われました」
新聞記者を目指していた畑山さんでしたが、この職業は全国各地に転勤することが多く、時間も不規則です。
「母のそばにいられないような仕事を目指していいのだろうかとすごく悩みました」
母親への思いやいろいろな不安、罪悪感が入り混じった「どうしよう」という言葉を頭の中で巡らせながら、会社説明会やセミナーに参加する日々でした。
ヤングケアラーの自覚がない子どもたち
介護に時間を割く子どもたちは「ヤングケアラー」と呼ばれています。近年、その存在を可視化して、支える体制を整えようという取り組みが増えています。“ヤング”とは具体的には何歳くらいの人を指すのでしょうか。
ヤングケアラーの研究をしている成蹊大学文学部現代社会学科教授の澁谷智子さんによると、イギリスやオーストラリアなど国によって定義は異なり、日本では「家族にケアを要する人がいるために、家事や家族の世話などを行っている、18歳未満の子ども」という概念があるそうです。また、同じような境遇でケアやサポートをしている18歳から30代の人は「若者ケアラー」と呼ばれています。
夢と現実の狭間で揺れ動く畑山さんは、当時は自分自身が「ヤング(若者)ケアラー」であるということに気付いていなかったといいます。
「家族が病気などになった場合、それをサポートするのはまず家族、家族ならやって当然という感がありますよね。基本的な選択肢がそれしかないというか。私の場合もそうでした。
ヤングケアラーという言葉も今ほど浸透していませんでしたし、気付きもしませんでした。介護について話せる同年代の友達もいなかったので、この年齢で介護について悩んでいる私はちょっと変わった存在なのかなと、どことなく疎外感を感じたこともあります。浮いた存在というか、取り残されているような感覚に近いかもしれません」(畑山さん)
当事者がヤングケアラーという言葉を知らず、介護をしている自覚がなければ、周囲に助けを求められないまま一人で悩みを抱えてしまうのではないでしょうか。
澁谷さんは次のように話します。
「特に10代は、同年代に共感してもらうことはまず難しいです。共感を得られないだけではなく、家族のサポートや介護で、遊びや趣味など自分の時間が少なくなってしまい、気付けば友だちとの話題に困ってしまうというお子さんもいます。自分にとっては日常的なことにかなりの負担が伴っているとも気付かず、言語化できないことでさらに追い詰められてしまうのです」
ひいては自分が追い詰められていることすら気付かず、徐々に心と体がすり減っていくのだそうです。
畑山さんの悩み続ける日々を打破したのは、恩師の言葉でした。
「仲の良かった大学の先生が『自分の人生を諦めないでほしい』と言ってくれたんです。一人でもそう言ってくれる人がいるということが、本当に心強くて……。その後は、主に弟が中心となって母の介護と向き合いました。弟にも本当に感謝しています」
畑山さんは記者になる夢を叶え、母親はその3年半後に特別養護老人ホームに入所。そして診断されてからおよそ8年後の2013年、58歳で亡くなりました。
後の人生にも影響を与える仲間との出会い
畑山さんがヤングケアラーの仲間と出会えたのは、記者になって6年目のことでした。
「介護や福祉の現場を取材する中で、若年認知症の人の子ども世代が集う、『まりねっこ』という語らいの場を知ったんです。仕事というより、同じ境遇で共感し合って色々話せる仲間と出会えるかも!という思いが強かったですね。
メンバーの年齢は大体20代から40代くらいで、本当に色んな人がいました。バリバリ働きながら奮闘している人や、仕事を辞めざるを得なかった人。学業と介護を両立している学生さんもいました。状況は違っても、仲間と出会うことで、『介護で悩んでいたのは私だけじゃない』と思えたことが、何より嬉しかったですね」
また、そこで出会った20代前半の男性との会話が、畑山さんの価値観に気付きをもたらしたそうです。
「男性は仕事を辞めてお母さんの介護に専念していました。何かを我慢していたわけでもなく、自然とその生活を選んだそうです。周囲の人や友人をみて、結婚や就職に悩む時もあったようですが、結果的に『母と暮らす生活を第一に考えてよかった』と言っていました。私は母の介護があってもできる限り仕事を続けたいと思っていたし、介護離職を防ぐことが目指される社会の中で、これも一つの価値観であり選択肢だなと気付かされました」
この価値観はその後、畑山さんの取材の仕方にも影響しているそうです。
具体的に求められるヤングケアラーへのケア まずは実態把握
また、畑山さんは、もっと介護経験が評価される社会になってほしいと話を続けます。
「介護を経験していない人にとっては、介護のために仕事を辞めたり進学を諦めたりすると、本人の力が不足しているからではないのかと捉える人が一部で存在します。他人事ではなく、悩んでいる人がいることを知ってほしいです。私は“伝える”ことで、ケアする人たちを応援していきたいと思っています」
ヤングケアラーという言葉が広まりつつある一方で、具体的にはどのような支援をするべきか、そもそも何が求められているのかを明らかにするという課題が残ります。それについて澁谷さんは、次のように語りました。
「例えば、同じような立場の仲間と語り合える『ピアサポート』など、吐き出せる場所があることはすごく大切です。また、こういう支援があるよ、こんな情報もあるんだけど、どう?と、次の一歩に繋げられるソーシャルワーカーなど専門家への相談も重要です。
ヤングケアラーの実態はまだ十分に把握できていない現状です。埼玉県は今年6月、全国に先駆けて県内の高校2年生全員にあたる約5万5000人を対象に、『ヤングケアラーの実態調査』を行うことを明らかにしました。これは行政では全国初の試みです。県立高校だけでなく私立も対象にしているため、ほぼ全数調査です。
高校生の当事者がどういう支援を求めているのか結果が出れば、行政も動きやすくなります。埼玉県がグッドプラクティスとなって、他の自治体にいい影響があることを望みます」
10月になり、政府は全国の教育現場を対象にヤングケアラーの実態調査を行う方針を固めました。厚生労働省が各都道府県や市町村の教育委員会を通じて調査するもので、厚労省の担当者は「要保護児童対策地域協議会を対象に行った2018年のヤングケアラーの実態調査で、生徒が疲れている、遅刻しがち、大学進学を諦めたことなどから、学校がヤングケアラーの発見に至ることが多かった。より正確な現状を把握するため、教育現場を通じて実態調査を行う」と話しています。詳しい調査方法は調整中で、年度内の調査と公表を目指しています。
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