認知症と生きるには

ドキドキ、無気力、うつ…心の症状 にも要注意 認知症と生きるには10

大阪で「ものわすれクリニック」を営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」。朝日新聞の医療サイト「アピタル」の人気連載を、なかまぁるでもご紹介します。
今回は、クリニックを初めて訪れる人と、物忘れの自覚のお話です。(前回はこちら

認知症の症状のなかには、「ものわすれ」や「判断力の低下」といった「中核症状」とは別に、行動心理症状と呼ばれるものがあります。それを「BPSD」といいますが、その代表的なものには不安感、気分の沈み、やる気のなさなどがあります。わたしたちが家族、友人、地域住民としてできることにはどんなことがあるのでしょうか。

野村初子(以下、全て仮名)さんは82歳の女性です。アルツハイマー型認知症の初期と大学病院で告知され、普段はかかりつけ内科医の先生に認知症を診てもらっています。大学では聞けなかったことも、かかりつけ医の先生になら聞くことができるのが安心につながっていました。

ところがある日突然、胸がドキドキする発作を経験しました。その日から「私の認知症が悪くなってきたのではないか」と不安が浮かび、いてもたってもいられない気持ちになりました。胸が苦しくなるたびに心電図を調べても悪いところは見つかりません。「どこも悪くありません」と言われることが野村さんには逆効果でした。「何もできない」と言われているように思えて不安が高まってしまいました。

野村さんが3か月ほど苦しい思いをしたころ、かかりつけ医の先生は、参加した認知症治療の勉強会で、認知症は物忘れだけではなく不安感も出ることを知りました。また、症状に応じて認知症薬に加えて抗不安薬を少量使ったり、ほかの人との交流により不安感が症状に集中しないようにしたりすることで、BPSDが軽くなることを教えてもらいました。

胸のどきどきや不安感というのは不思議なもので、不安が次の不安を増幅させてしまうのです。それゆえ解決策は見つけられなくても、おおよその対応ができれば安堵感を呼びます。かかりつけの先生の研修も進み、抗不安薬を少量処方してもらっているうちに、野村さんの不安が軽くなっていきました。

他人となら何ら問題なく、楽しく過ごせるのが無気力状態の特徴

血管性認知症の田村正之助さん(85歳)はこれまで何度か中程度の脳梗塞を経験し、そのたびに克服してきた人です。喜怒哀楽が激しくなって息子さんともめることもありますが、何とか在宅療養を続けてきました。ところがある夏を境に、これまで発言したことがないような言葉を口にします。

「おれ、もう何をするのも面倒くさい。じっとしていたい」。

息子さんはあわてました。そんな父親の言葉は聞いたことがなく、息子さんは「父親がうつ病になった」と思いました。

ところが精神科の専門医療機関を受診したところ、医師から「お父さんはうつ病ではありません。むしろ認知症とともに無気力状態が起きています」と言われ、抗うつ薬の処方ではなく、私(筆者)の診療所を紹介されました。

私が検査をしたところ、確かにうつ病ではありませんでした。しかし、何をするのもおっくうがって応じません。そこで私は介護職の人と連携して、薬は処方せず、ケア体制で支えることを考え、息子さんも同意してくれました。

このような場合、家族がいくら勧めても「やる気がしない」と拒否されてしまいます。本人からは、ほぼ否定的な意見が戻ってきます。しかし、いったんデイサービスからお迎えが来て、家から出てしまうと、ほとんどの場合は、こころから楽しそうに過ごしているから不思議です。良い意味で他人の視点が入ることで本人の「やる気」がわいてくるのでしょう。

しかし、家族が「やる?」と聞くと「やらない、面倒」と言います。反面、他人となら何ら問題なく、楽しく過ごせるのが特徴です。本人の意見だけで判断するよりも、家族以外の人に迎えに来てもらうなど、他人がかかわることで、少し後押しすればできることもたくさんあります。

症状にばかり目を向けず、その人の立場や精神面のサポートを

アルツハイマー型認知症の竹内次郎さん(54歳)は病名の告知を受けて会社を早期退職したのがきっかけで、自宅に引きこもって嘆く毎日を過ごしています。部屋のカーテンを開けることもなく「いずれ自分は何もできなくなる」と嘆き、「家族に迷惑をかけるなら死んだほうがましだ」とまで言い、この3か月で体重が4kgも減ってしまいました。夜も眠れないようです。

このような場合は前記の「無気力」とは異なり、明らかに「うつ状態」を呈しています。認知症の人でも、自覚があればこころに傷を受け、それがきっかけの「うつ病」を発症する可能性があります。このような場合には、抗うつ薬の処方を行うとともに、こころの傷に対して本人を決して励まさないという「うつ病」に対するスタンスを保ちながら、その人の絶望感を支えることが求められます。

無気力の場合には、少し後押しする誰かがいることが大切ですが、うつ状態は専門家に相談したうでその人を支えながらも、励まし過ぎて認知症の人を追い詰めないようにすることが大事です。

これまで書いてきたように認知症初期に見られるこれらのBPSDに対しては、家族、周囲の人、医療・介護に携わる人々が状態を見極めたうえで、その人のこころを支えることが大切です。病気の症状にばかり目を向けず、その人の立場や精神面のサポートができることで、認知症の悪化を防ぐ大きな力になるからです。

次回のコラムは認知症の代表的な種類についてまとめ、対応の仕方を考えます。

※このコラムは2017年8月17日にアピタルに初出掲載されました。

あわせて読みたい

この記事をシェアする

この連載について