もめない介護

夫亡き後も、義母の脳内で続く「おしどり夫婦」の二人三脚 もめない介護86

コスガ聡一 撮影

離れて暮らす夫の両親が立て続けに認知症だとわかったのは4年前のことです。同居もせず、仕事も辞めずに、老夫婦のふたり暮らしをサポートし、やがて義父母は「一時療養」の名目で有料老人ホームへの入居を決めました。義父の低栄養の度合いが進み、どうにも在宅での暮らしを続けるのは難しそうと、義父の体調に背中をおされた形での住み替えでした。

有料老人ホームではあえて夫婦別室を選択。認知症がゆるやかに進む中で、もともと過干渉気味だった義母がさらにパワーアップしつつあったのが、その理由です。施設入所は義父にとっても苦渋の決断で、「入院はしたくない」(施設ならまだマシ)という判断でした。しかし、いざ施設暮らしがスタートするとめきめき元気を取り戻し、「食事がおいしい」と3食をモリモリ平らげ、大好きな囲碁に励む。野球や相撲の中継を見るときはしれっと部屋に鍵をかけ、義母が入ってこられないようにするなど、マイペースに過ごしていました。

「もうだいぶ調子も良くなったので、そろそろ家に帰ろうと思う」

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義父から話があったのは、確か2019年の7月ごろだったと記憶しています。義父から「いろいろ準備もあるだろうから、気候が良くなる9月ごろがちょうどいいだろう」と言われ、気候の良さをさりげなく織り交ぜてくるあたり「ナイス交渉術……!」と思いつつも、どう返事をしたものか、夫と頭を悩ませたものです。

ちっとも実感がわいてこない

そんなふうに、気力・体力ともに復活を遂げたように見えていた義父でしたが、2019年の秋ごろから体調を崩すことが増え、入退院を繰り返し、あれよあれよという間に旅立ってしまったのが2020年6月のことでした。通夜・葬儀を終え、遺骨を仮祭壇に設置し、お線香をあげても、ちっとも義父が亡くなった実感がわいてきません。

義父が大好きだったカステラやチョコレートを供えながら、夫とふたりで家に向かって「おとうさんもお疲れさま! 無事、終わりましたよ」「納骨までしばらく、家でのんびり過ごして」と口々に声をかけます。「おう、いろいろありがとう」と答える義父の声が聞こえるようです。

ちっとも亡くなった気がしないのは、義母の記憶の中で「義父が生きている」という設定になっていることも大きいのかもしれません。

葬儀が終わって1週間後、義母にいくつかの書類に名前を書いてもらう必要があり施設を訪れると、開口一番「ところで、お父さまはお元気?」と聞かれました。

書類の中身を説明するにあたって、どうしても義父が亡くなったことに触れないわけにはいかず、ことの経緯を説明すると義母はびっくり仰天。「どうしてそんなことに!? いったい何があったの?」と質問攻めです。

義母の記憶から何度もこぼれ落ちる義父の死

体調を崩し、入退院を繰り返し……。もう何度目になるかわからない、義父が亡くなった経緯と“その日”の様子を説明すると、義母は涙ぐみながらこう言います。

「なんてことでしょう! 早すぎるわ……まだ60代なのに!!」

いえいえ、お義母さま、義父上は92歳で亡くなりました。そして、義母上は88歳でございます。そう伝えると、「あら! 意外と長生きね。それじゃ、大往生じゃない」と目を丸くします。そうですね、世間的にはそうなるかと思います。

「92歳というとあれね、ぜんぜん短命ではないわね?」
「おっしゃる通りです。しっかり長生きされました」
「じゃあ、“老衰”ってやつかしらね?」
「その通りです。お医者さまもそうおっしゃってました」
「それなら、よかったわ~~~~」

気づけば涙も引っ込み、義母はにっこり。ご納得いただけたたら、何よりです!

義父母は3歳違いの仲良し夫婦。義父をちょいちょい60歳前後と間違える義母は、自分は50代後半ぐらいの気分でいることが多いのかもしれません。

そして「老衰ならよかった」と繰り返し、笑顔を浮かべながらも、しばらくたつと義父の死は義母の記憶からこぼれ落ちていきます。

どこか遠い病院に入院している義父の体調を気遣う義母

その翌週、もの忘れ外来の往診で医師に「最近、困ったことはありますか?」と尋ねられたとき、義母はこう答えていました。

「最近、夫(義父)の体調があまり良くないようで、それが困っています。病院の人もあれこれ手を尽くしてくださっているようですが、どうもスッキリしなくて……」

義母の認識では「(義父は)どこか遠い病院に入院している」とのこと。また、「子どもたちはあまり気にしていないようで、冗談を言ったり、笑い合ったりしていてのんきなものだ」という苦言もありました。質問に対してはハキハキと答え、食欲もあり、体操やレクリエーションにもこれまでどおり、積極的に参加していると言います。しかし、その一方で、時間や季節の感覚は大きくズレているようでもありました。

医師に「いまは何月ですか」と尋ねられると、「私の感覚としては、そろそろ年の暮れが近づいているような気がしています」と回答。ただ、まだ7月であることを伝えられると、「最近、ズレちゃうんですよ。年のせいですかね。オホホホ」と瞬時に切り返すアドリブの力は健在です。

以前と変わらない義母と、変わりつつある義母。義父が亡くなったことのダメージはもちろん、コロナ禍による生活の変化がどのような影響を与えているのかも未知数です。

医師からのアドバイスは「可能な限り、刺激を」。そして義父の死については「一周忌法要など必要に迫られるまでは無理に思い出させる必要はありません」。御神酒徳利のような仲良し老夫婦、義父母の二人三脚はまだまだ続くのです。

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