怒りっぽくなった血管性認知症の男性。「易怒性」と血圧上昇への対策は
執筆/松本一生、イラスト/稲葉なつき
垣内 省吾さん(58歳): 「怒りっぽくなった」と人から言われる
大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」。今回訪ねてきた男性は、「怒りっぽくなった」と部下や家族に指摘されているようです。さて、先生はどんなエールを送るのでしょう。
部下からの指摘
垣内さん、こんにちは。もう私の外来に来てくれてから5年になりますね。あの時のことは鮮やかに覚えています。当時、垣内さんは会社で課長から部長に昇進する時期で、同期と競っていましたね。一方で、急に部下から仕事の間違いを指摘されるようになって、来院されたのでしたね。
そして、あなたご自身の希望があったので病名を告知しました。当時は血管性の軽度認知障害で、その後、ゆっくりと進んで、血管性認知症になってから2年目ですね。
血管性認知症は若い人に発症する「ものわすれ」では多いのです。認知症全体ではアルツハイマー型が最も多く70%、次にレビー小体型認知症で、血管性認知症は15%程度なのですが、若くして認知力が低下する人のなかでは血管性が40%程度を占めています。
若いころの生活
たしか当時も「若いころには生活が乱れていた」と言っておられましたね。受診してからは、何度も日常生活を整えるためには何をすればよいかをお互いに話し合いました。若いころに運動をあまりせず、いつも食事は脂っこいものを食べていたと聞きましたから、ボクは医者として「生活習慣病」に注意するようにお願いしましたね。
高血圧、糖尿病、脂質異常症などが若くして起きると、体中の血管が詰まるようになり、微小脳梗塞が起きやすくなりますので、垣内さんの軽度認知障害が血管性認知症へと進行しないようにアドバイスをしながら、あなたとの二人三脚でした。
当事者思い、家族の思い
さて。この頃、部下のみなさんから「怒りっぽくなった」と言われるのですか。垣内さんご自身も自覚があるんですね。気が付くと大声で怒鳴っていて、自分でも気恥ずかしくなる。職場ではバツが悪いですね。
ご家族はどうでしょう? たしか垣内さんは奥さんと娘さんとの同居ですね。
あ、やはりご家族からも指摘されますか。垣内さんは普段はにこにこしていますが、ちょっとしたことで突然に怒り出すことがあるのかもしれません。
軽度認知障害から3年、日常生活を整え、おもに食事内容や運動のことを中心に血圧の変動や血管の目詰まりを防いできました。内科「かかりつけ医」の先生や会社の産業医、そして奥さんが通った栄養バランスの講義の講師である管理栄養士など、垣内さんを取り巻く多くの人の協力もあって、ここまで垣内さんは脳内の血管の目詰まり、微小な脳梗塞を抑えてきたわけです。でも、年齢を重ねれば誰もが「老化」に向かって行くことも事実ですから、完全に止めることはできませんでしたね。
では、この「怒りっぽさ」とどう向き合うかを話しましょう。今後イライラしたとき、あなたが自分でも不思議に思うほどちょっとしたきっかけで怒鳴り声をあげているようなとき、それを部下の皆さんから指摘されたときは、受診の際にそのことを、ボクに伝えてください。
垣内さんの易怒性(いどせい)、怒りっぽくなることですね、それを診ながら、必要に応じて少量の安定剤を処方することも考えましょう。これは何も垣内さんが「怒りっぽくなっているから大人しくさせる」といった目的で使うのではありません。そんな考え方で処方したら人権にかかわりますからね。
そうではなくて安定剤を服用することで垣内さんの易怒性が安定すると、血圧が急激に上下することを抑え、結果的には微小脳梗塞を増やさずに経過を良くすることができると考えられるから服用するのです。あなた自身の了解を得ながら一緒に薬を調整していきましょう。
明日に向かって
残念ながらあの時、部長昇進はかないませんでした。でも、会社は血管性認知症になった垣内さんに、その状況に合わせて働ける今のポジションに配置換えしてくれましたね。部下のみなさんをまとめて、これからも課長として役割が果たせるようにボクも協力します。
内科的な服薬も大切です。垣内さんの場合には血管性ですから、認知症の薬というよりも、引き続き、体全体に起きている血管が詰まらないように血圧を安定させること、微小脳梗塞や微小脳出血が起きないようにするための薬が大切です。
そして何よりも垣内さんがイライラすることが増えないように、ボクも定期的な診療で様子を見せてもらいます。会社でも部下のみなさんから「課長、また怒っていますよ」と気軽にアドバイスが受けられると良いですね。
垣内さん、物忘れは一人で悩まないでください。周囲の人の協力を得ながら、「明日もまた、やって行こう」と思える体制作りが大切ですからね。
次回は「わかっているのに物事が進まない」ことを書きます。