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もめない介護

義父が眠る霊安室 おしゃべり義母の見送り方 もめない介護75

温度計のイメージ
コスガ聡一 撮影

「霊安室」と聞いて、どんな部屋を思い浮かべるでしょうか。わたしが想像していたのは薄暗い、グレーの壁。どこかひんやりとした雰囲気で、さびしそうで……。

でも、看護師さんに連れられて、おそるおそる足を踏み入れた部屋は、まったく想像と違っていました。

真っ白な壁に囲まれた小さな部屋には、白熱灯の温かな光。花も飾られていて、簡素だけれど、さびしくはない。どちらかというと葬儀よりも、結婚式のほうが似合いそうな、こざっぱりとした雰囲気の中に真っ白な台が置かれ、浴衣姿の義父が横たわっています。

ダークスーツに白手袋を身につけた男性が現れ、深々とお辞儀。病院と提携している葬儀社の方だと言います。うちの場合はすでに、別の葬儀社さんにお願いすると決めていましたが、その場合も、担当の葬儀社さんが来るまでは提携の葬儀社さんが対応し、寝台車が到着したところでバトンタッチになると説明がありました。

その日の朝に病院から「いますぐ来られますか」と連絡があり、義母が暮らす施設と義姉に連絡をとりながら大あわてで駆けつけ、義父の最期を見送って……。霊安室に入ったのはお昼になるかならないかのタイミングでした。

義父の返事がなくても、マイペースに話を続ける義母

パカーンと口を開けながら目を閉じている義父は生前、居眠りをしていたときの姿とそっくり。その横から義母があれこれ話しかけているのも、毎度おなじみの光景です。

「この部屋、とってもきれいねえ。あの花、何かしら?」
「百合かなあ。きれいね」
「着替えたらずいぶん顔色が良くなったみたいね」
「看護師さんがきれいに整えてくれたんでしょう」

義父の横で、おしゃべりが止まらない義母と義姉。義父の返事がなくても一向に気にせず、マイペースに話を進めていくのも、いつも通り。枕元でこうワーワーと騒がれたら、おちおち眠ってもいられない。そう言いながら、義父がいまにも起きあがってきそうです。

「うんとか、スンとか何かおっしゃいなさいよ。どうも、つまらないわねえ」
「おかあさん、おとうさん、聞いてますよ」
「え、そうなの? それはマズいわね」

そんなやりとりに思わず吹き出しそうになっていると、「寝台車が到着しました」と知らせがあり、同時に主治医の先生や看護師さんが次々と登場します。「このたびは……」と頭を下げられ、こちらもあわてて神妙な顔をつくります。勢いよく車椅子から立ち上がる義母にドキッとしたり、あわてて自分も背中のリュックを椅子に下ろしてみたりと右往左往。なにしろ初めての経験でどう振る舞えばいいものやら、勝手がわかりません。

寝台車の停まる駐車場で葬儀社さんと日程の相談

でも、寝台車が到着してからはあっという間でした。車に乗せる作業は葬儀社さんにお任せで、家族は見守るだけ。「立ち話で申し訳ありません」と言われながら、駐車場で葬儀の日程を相談します。

「平日は困るわよ。とにかく土日にしてもらわないと……!」

義姉にはそう言われましたが、ここ数年は火葬場が混み合っていて、土日の通夜・葬儀は激戦区。どんなに早くても1週間~10日ほどの待機期間が発生するということは、事前相談でも聞かされていました。

義父が亡くなったのは6月16日(火)でしたが、葬儀社さんの話では直近で押さえられるのは6月21日(日)。夕方に通夜を行い、翌22日(月)昼間に葬儀をとりおこなうパターン。通夜を省略して葬儀のみの「1日葬」とする場合も、準備との兼ね合いで日曜開催は難しく、月曜になるとのことでした。だったら、通夜だけでも土日にかかっているほうが、列席していただく方の負担は小さくなるはず。消去法で「一日葬」の線はなくなり、2日間にわたって通夜・葬儀を行うことになりました。

説明されるままに「それでお願いします」

そして、義父を乗せた寝台車が安置施設に向けて出発。義母を施設に送り届ける役は義姉にお願いし、わたしと夫は葬儀社さんとの打ち合わせが待っています。

教えられるままに「死亡届」の書類を記入し、遺影の写真を探し、これから必要になるものをメモし……。事前相談で大まかな葬儀プランは聞いてあったので、葬儀の内容についてはさほど迷わずにすみましたが、そもそも、どんな選択肢があるのかよくわからないというのが正直なところでした。

それは葬儀社さんが不親切だったというわけではなく、むしろ親切で、ざっくばらんに話をしてくれるし、提案もしてくれる。だからこそ、「いざというときは、ここにお願いしよう」と決めたのですが、実際に「いざというとき」に直面してみると、そもそも何を聞いたらいいかわからない。相場よりも割高なのか、割安なのかをじっくり検討する時間も、気持ちの余裕もありません。葬儀社さんに説明されるままに、「はい、それでお願いします」と返事をしているのが実情です。

ただ、今回に関して言えば、わざわざ事前相談をして、複数会った会社の中から「ここにしよう」と決めたのだから、信じてオッケーという、気持ちの落としどころがある。でも、まったくの“初めまして”だと「本当にここでよかったんだろうか……」とモヤモヤが残ったりもするのだろうなと思うし、もっとしつこく、「これって必要なんですか?」と聞いたほうが良かった場面もあるのかもしれません。

「義母の参列は無理」とあきらめたくない

葬儀に関してはあらかじめ、お願いする葬儀社さんを決めておいたおかげで、“良きにはからえ”を選択できたわたしたちですが、もうひとつ乗り越えるべき大きなハードルがありました。

それは“認知症の義母をどうやって通夜・葬儀に参列させるか”問題です。

葬儀の後、火葬場までマイクロバスで長時間移動する必要がなくてすむよう、通夜・葬儀は公営斎場で行うことに決めました。ただ、義母が暮らす施設から公営斎場まではかなり距離があり、車で1時間半ほどかかります。通夜が終わったあと、斎場近くに泊まれば、翌日の移動はラクになりますが、義母に外泊は難しそうです。

誰が義母を送り迎えし、通夜や葬儀の間、誰がどう付き添うのか。そもそも喪服をどう用意して、誰が着替えさせるのか。もし、会場で義母が混乱しちゃったらどうするか。何らかの粗相があった場合、義母に恥ずかしい思いをさせることなく、パッとフォローする、なんてできるのか……。でも、「参列は無理」とあきらめたくはない。では、どうするか。

真っ先に電話をかけたのは、義母が暮らす有料老人ホームです。通夜と葬儀の2日間、自費利用での付き添いをお願いしたい。できれば、送迎もお願いできないかを交渉するところからのスタートでした――。

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