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義父の“搬送先”問題 義母の意外なこだわりに一同半笑い もめない介護74

押し入れに積まれた布団のイメージ
コスガ聡一 撮影

「ご家族の方はこちらでお待ちいただけますか。新型コロナの感染防止の関係で、同じ部屋でお待ちいただくのが難しくて……」

申し訳なさそうに言う看護師さんに連れられて、わたしと夫、義母、義姉の4人は義父の病室を後にしました。ひとつ下のフロアにある待合スペースのようなところで、義父の準備が整うのを待つように言われました。

この時点で、葬儀社とは夫がやりとりし、病院まで寝台車で迎えに来てくれる手はずも整っていました。義父が繰り返し調子を崩し始めた2019年秋、数社に葬儀の見積もりをとり、担当者との面談も済ませてあったことが幸いでした。話には聞いていたけれど、亡くなった直後に葬儀社を検討する余裕はまるでなく、あらかじめ、「いざとなったらここに相談しよう」と決めていなければ、かなり混乱したと思います。

葬儀社さえ決めておけば、何とかなる。そのことを目の当たりにし、胸をなでおろすような思いでした。ただひとつ、大きな問題が残っていました。それは、義父の遺体を安置する場所をどうするか?という問題です。

自宅に安置すると1日1回はドライアイスの交換が必要で、少なくともその時間帯は家族が誰か付き添う必要があります。「自宅に安置となると、ご近所の方の対応も大変ですし、最近は『安置施設に直行』という方も多くいらっしゃいますよ」という助言もありました。

かといって、「安置施設に直行」というのも踏ん切りがつきません。

義父が自宅でゆっくり休めるように

義父は元気だったころ、「僕はこの家にはもうこだわりはないし、あとは好きにしてほしい」と言ったことがありました。でも、“一時的な療養”という名目で有料老人ホームに入ってしばらく経った後、「すっかり元気になったので、秋になったら自宅に帰ります」と力強く宣言したこともあったのです。夫と相談を繰り返し、最終的に「万が一のことがあったら、いったん自宅に搬送しよう」と決めたのは、義父が亡くなる数日前のことでした。

余計な搬送費がかかっても、実家への泊まり込みが必要になっても、義父を一度は家に帰してあげよう。
ただし、夫の実家にある布団はどれも古いものばかり。率直に言ってペラペラの“せんべい布団”しかありません。もしものときに備えて、Amazonで布団セットを発注しよう。その準備をしていた矢先に、義父がパッと旅立ってしまったのです。おとうさん、早すぎるよ!!

当初の予定通り、義父を実家に搬送することは異論ありません。でも、布団をどうするか。こうなったら、一足先に現場を離脱して、駅前にあるイオンかどこかに寄って……。

「ごめん。もう、あとはお任せできる? わたし、布団を調達しに行こうと思うんだけど」
「いやいやいや、ちょっと待って。おふくろの意向を聞こう」

それもそうか! すぐにでも飛び出していく気満々でしたが、夫から“待った”がかかり、義母と義姉のもとに向かいました。

息子と娘の会話にロックオン

「親父の搬送先のことなんだけど……。いまのところ、選択肢は『実家』と『民間の安置施設』の2つあって……」
「実家じゃダメなの?」
「いや、実家も選択肢のひとつではあるよ。でも、実家にするなら当然“立ち合い”も必要で……ほら、ドライアイスの交換とか」
「なんの問題があるの。誰かが立ち会えばいいんでしょ?」
「うん。まあ、そうなんだけど、とりあえず話を聞いてくれる?」
「はい、わかりました」

義母は、夫と義姉が話しているのを心配そうに見ています。
まずは義姉に状況を理解してもらい、そのうえで義母と話すほうが早いだろうと思っていましたが、こちらの思惑通りにはいきません。

義母の気をそらそうと一生懸命に話しかけても、義母の関心は完全に息子(わたしの夫)と娘の会話にロックオン! 

「ねえ、あの子たち、いったい何の話をしているのかしら……?」
「おとうさまに関係ある話?」
「声が小さくて、よく聞こえないんだけど……!?」

質問攻めが止まりません。

夫の説明に、終始浮かない顔の義母


「おかあさん、気になるみたいだから、最初から説明してあげて」
夫に伝えると、すぐにピンと来たようで、ゆっくり丁寧に「搬送先の選択肢」について、義母に説明してくれました。

義父を自宅に連れ帰ってあげたいと思っている。でも、葬儀までずっと自宅で過ごしてもらうのは、少々難しい。1泊2日程度にはなるけれど、少しでも自宅でゆっくりお別れする時間がとれたら……。

夫が説明している間、義母はずっと浮かない顔をしていました。やっぱり、1泊2日じゃ短すぎるのか。でも、“葬儀までずっと”を引き受けるのは荷が重い。義姉が多少は引き受けてくれたりするのだろうか。不安になりながら、話の行方を見守っていました。

「おふくろ、どう思う?」
「あちこち動かして、破損しないかしら」
破損!? 思いがけない単語が飛び出してきました。さらに義母は大まじめに言いつのります。

「だってね、どなただったかのお葬式でちょっとしくじっちゃったらしいのよ」
「しくじっちゃった!?」
「どこがどう……っていうことは、わたしもよく知らないんだけれど、やっぱりねえ、こういうものって破損が心配じゃない?」
「破損……そうですよねえ。破損しちゃうと困りますねえ」

思いがけない展開に、じわじわ来ます。口をとがらせて、主張する義母。夫も義姉もわたしも全員、半笑いであいづちを打ちます。

義母の言葉に、珍しく義姉と夫の意見が一致

「おふくろ、おうちに寄らないで直接、安置施設……冷房がよく効いたホテルみたいな場所で過ごしてもらうという方法もあるんだけど」

夫が切り出すと、「あら、いいじゃない!」と義母がすぐさま賛成します。義母にとっては、義父が自宅に帰れるかどうかよりも、“破損しないかどうか”のほうが一大事。まあ、帰りたいのは自分だもんね……と思うと納得もいって、さらに笑いがこみあげてきます。おかあさんてば!

「おかあさんがそういうなら、安置施設に直行コースにしましょう!」
「うん、心配ごとはひとつでも少ないほうがいいね」
「そのほうがいいわ。母はきっと葬儀までずっと “破損しちゃたらどうしよう”って言い続けると思うのよ。一度言い出したら、きかない人だから」

義姉と夫も珍しく意見が一致して、急遽、実家への搬送は中止することに。布団を新調するために病院を離脱し、駅前のショッピングモールに向かう必要もなくなりました。セーフ!

“良かれと思って”の先走りは、かえってストレスを増やすことも

義母の意見を聞かずに布団購入に走っていたら、大変なことになるところでした。必死のパッチで布団をかついで夫の実家に向かえば、なんとか間に合わせることはできたでしょう。でも、その“良かれと思って”は、喜ばれるどころか義母のストレスを増やすだけ。

やれ「破損がこわい」だの、「あちこち動かすのは良くない」だのと文句を言われた挙句、「詳しいことはよくわからないけれど、破損してつらかった」という思い出として、義母の記憶に刷り込まれてしまったかもしれません。あっぶねー!

いつでも100%、親の意向通りできるかといえば、そうではないけれど、親の気持ちや意見は確認したほうが、何かとその後がスムーズになる。これまでさんざん認知症介護にかかわるなかで実感してきたけれど、やっぱり聞いておいてよかった……!

確認して本当に良かったと、夫とうなずき合っていると、看護師さんが呼びにきました。義父の準備が整ったようです。患者から死者になった義父と霊安室で合流し、いよいよ病院を去る時間が近づいてきました。

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