診察室からエールを

「なにもできない人」ではない!妻娘のコソコソに、イライラがつのる私

3: 山本和利さん(71歳): 家族に気を使われている気がする

大阪の下町で、松本一生先生が営む「ものわすれクリニック」を、山本和利さん(71歳)が、訪ねてきました。どうやら、「家族に気を使われている気がする」という悩みがあるそうです。今回は、山本さんと松本先生の対話をのぞいてみましょう。

日々のため息

山本さん 先生、こんにちは。今日は初診できましたので、「初めまして」ですね。このクリニックは初診できた受診者に何ひとつ聞くことなくテストだけして、結果だけを伝えることはないと人から聞いて予約しました。がっかりさせないでくださいね。

松本先生(心の声) 初回からキビシー、よっぽど嫌な思いをしてきたのかな。

山本さん 今日は私のこのところの気持ちを聞いてください。

私は70歳まで定年を延長して働いてきました。専門的な資格を持っているので、鉄道関係の整備会社では貴重な存在でした。私より10歳ほど年上の創業者がまだ会長として活躍しているので、私をはじめとして定年を過ぎた人材も活用してくれました。会社でも間違いは多く、自分でも気になりましたが、会長や周囲の人も笑って許してくれました。

私の憂鬱(ゆううつ)は自宅に帰ってからなのです。65歳になる妻と40歳の娘が同居していますが、私のいないところでコソコソしていることに気づいたんです。自宅にいてふと気づくと妻が娘と目で合図しながら、相談しているようです。このクリニックに予約したのも娘だと聞きました。

私は家では暴君でしたので仕方がないのかもしれませんが、自分が「物忘れをしていないか」と周囲に気を使う立場なのに、その私を置いてコソコソ、ひそひそされていることに気づくと、どうしようもなくイライラ感が増して、日々、ため息が出ない日はありません。

誰かに聞いてもらいたい!

松本先生 そうですね、山本さんの憂鬱はわかります。誰でも同じだと思いますが、自分にしっかりとした意思が伴うのに、まるで「何もできない人」のように山本さん抜きで話が進んでしまうのはイライラの原因になりますね。

山本さん 先生はこんな経験したことがありますか。家族が自分に気を使っていて、何を話すにも二人が目で合図を送るんです。耐えられなくなって私は二人に言いました。「何をそんなにコソコソするんだ。何でも話してくれ」と。

ところがそういった後、もっと二人はコソコソするようになりました。まるで私が夜中に大混乱したかのように、ふたりがびくびくしているのがわかり、これが最も大きな悩みなのです。

家族に伝えるべきこと

松本先生 山本さんのお話を聞いて自分のこととして考えてみました。医者の私だって同じ気持ちになります。自分の意思をそっちのけで、まるで何もできない、判断できないように家族が考えて気遣いが先回りしすぎると、かえって今の山本さんのような気持の「ふさぎ」につながりますからね。

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私が専門としていることに、「適切な情報を提供し、病気に対する理解が広がれば、その結果、当事者や家族が対応する力を増すために、病気が悪くならない」という心理教育アプローチというものがあります。主に精神医学領域で使われるリハビリテーションの考え方ですが、この考えは山本さんの場合にも当てはまりますね。たとえば山本さんには十分力がある点と注しなければならない点を分けて、ご家族との同席面接の際に少しずつ情報提供していきましょう。現状を知っているのと知らないのとでは家族の負担も大きく違いますから。

山本さん わかりました。それなら先生は私を治療してくれる医師としてだけではなく、私の家族を含めたこれからの人生をどのように生きるか、相談相手になってください。初診の段階でこれほど深い内容の話になるとは私も思っていませんでしたが、ぜひお願いしたいと思います。こうしてお会いしたのも何かの縁でしょうから、妻や娘に私の状態を隠さずに伝えてください。そのうえで二人が私に気を使ってくれるなら、私はふたりの優しさに自分をゆだねることにします。

でもね、先生、わかってほしいのですがこれは私のわがままではありません。自分で考える力がある間に、しっかりと自分の気持ちを先生の力を借りて家族に伝えたいのです。認知症が簡単にはいかない病気だと知っています。それだけに私の協力者になってください。これからもその立場から逃げない先生でいてくださいね。

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