急に自分のことが不安になった…「約束忘れが多い」と友人の指摘
執筆/松本一生、イラスト/稲葉なつき
高橋葉子さん(78歳):受診のきっかけ(2)
今日は高橋さんご自身の受診のきっかけについて聞いていきますね。まず、あなたが「ものわすれをしている」と気になったのはいつごろからですか。
前回にお話ししたように、もし高橋さん自身が自らの認知症の有無を知りたいと願っておられるなら、こちらから大きな病院に精密検査を依頼してみましょう。病名を聞きたいなら積極的に告知もします。もし、本当は聞きたくないのなら誰か家族の人にだけお伝えしてもいいのです。
迷惑を掛けたくない
あ、高橋さんはお一人住まいなのですか。ご家族やご親戚もいらっしゃらないのですね。一人暮らしで自分のものわすれが気になれば、こうしたものわすれ外来に来て確かめたい気持ちになるのは当たり前ですね。
人に迷惑をかけたくないと考えているのですか。それなら気持ちもひとしおですね。では、しっかりと調べて告知することにします。高橋さんとの約束ですから、わかったのに病名を隠したりしません。もし病気の場合にはあなたが言われるように、この先の自分がどうするのか、しっかりと計画を立てて人生を全うしたいと思うのは当たり前ですからね。
「最近、約束忘れが多いわよ」
ではまず質問を始めます。初めてあなたが「あれ?」と思った時のことを覚えていますか。もちろん、そのような細かいことは覚えていなくても良いのですが。
あ、そうだったのですか。いつも行くカラオケの仲間が「あなた、最近、約束を忘れることが多いわよ」と指摘してきたのですね。そう言われて、ずいぶん気になったのでしょうね。
怒りましたか、そうでしょうね。友人とはいえ、そのようなことをズケズケ言われて憤慨したかもしれませんね。それと同時に、急に自分が不安になってきましたか。それは誰でも同じだと思います。これまで持っていた「自分は大丈夫」という自信が、人から指摘された途端に揺らぎ、今まで自分が世間に対して何か悪いことでもしてきたかのように、「私、みんなに迷惑をかけてこなかったかな」と悩む人が多いようです。
「そんな時にこそ、早めに検査をしてみよう」と医療機関では言われると思いますが、ボクはかつて、ある受診者からこういわれたことがあります。
「先生は早めの受診で早期発見、早期治療というけれど、まだ完全に治る病気じゃないっていうじゃないですか。それなら、早期にわかっても早期に絶望するだけの受診なんて嫌です」と。
希望を持ち続ければ悪化は遅い
その通りですね。早期に発見されるのが絶望につながるなんて、考えただけでも怖い話です。でもね、かつてうちの診療所に長く通院した人がいて、その人は96歳で亡くなるまでの20年間、診断を受けてからずっと通ってくれました。
告知を望まれ、ボクが伝えた後もその人は希望を失わない人でした。ボクが認知症について話すとき、「認知症はなったらおしまいの病気ではなくて、なってからが勝負なのです」と言えるのは、その人との出会いがあったからなのです。医者であるボクがその人から教えてもらいました。希望を持ち続けることが認知症の悪化を遅くする要素であると感じられたからです。
ともに走る仲間を見つけよう
そのために大切なのは診断を受けた時から1年間だと思います。告知されたのちの12か月の間に、揺れる気持ちや後悔、時には恥ずかしさなども含め、認知症になった人のこころと向き合い、ともに走る仲間を見つけることができれば、その人の経過はかなり良好な状態を続けられます。
検査といっても何も大掛かりな機械による検査だけではありません。精密検査で分かった結果も(多くが画像検査など)大切ですが、それに加えて、その人と直接顔を合わせて診察するときの具合(症候学的検査と言います)、そして各種の検査法(神経心理学的検査と言います)の合計から総合的に診断を進めていきます。
高橋さんにとって最も大切なのは、あなたがこれから診断を受けて、その後、もし、認知症であった場合、その病気と向き合いながら人生を送るのを見守る伴走者として、目の前に座っている医者のボクでいいのか、それとも別の医療機関にするのかを、あなたの自発的な意見で決めて良いと思えることです。
今回は信頼してくれたとしても、今後も、時にはこの道で良いのか別の医師の意見を求めるセカンドオピニオンをしながら、一緒にやっていくことにしましょうか。長い付き合いになるはずですから。