義父母の家もニューノーマルに さてその反応は? もめない介護62
編集協力/Power News 編集部
「玄関マットなどの敷物やスリッパは足をひっかけて転ぶ可能性があるので、できれば処分していただけないでしょうか」
ヘルパーさんから相談があったのはちょうど2年前、義父母が介護老人保健施設(老健)でのリハビリ生活を終えて、自宅に戻る準備をしていた時のことでした。
当時、義父母の家にはたくさんの敷物やラグがありました。玄関マットにキッチンマット、脱衣所の足拭きマット、なぜか和室やリビングの入り口にも小さな敷物が敷かれ、いつ誰が転んでもおかしくない状態だったのです。さらに、リビングには年代もののカーペット……。
認知症の方にとって、生活環境が変わることは大きなストレスになります。そのため、義父母が自宅で暮らしていた時は、元々あったものは極力、動かしたり処分したりしないよう心がけていました。しかし今回のように、命や健康を脅かす可能性があるとなれば、話は別です。
夫と相談し、カーペットや敷物はすべて撤去し、20組ほどあったスリッパは5組ほどに減らそうと決めました。老健での暮らしに慣れた今なら、「新しい生活」としてカーペットや敷物がない暮らしを受け入れてくれるかもしれません。ただ、裏目に出た場合、「敷物をどこにやっちゃったの!?」「わたしたちがいない間に、勝手なことをして!」と義父母が怒り出し、大騒ぎになる可能性も考えられます。
在宅復帰のための準備をすればするほど、変わってしまう部屋の様子
そこで、はがしたカーペットや敷物、スリッパは、2階の使っていない部屋に移動することにしました。万が一、義父母が「元に戻してほしい」と言い出したら、すぐに現状復帰するためです。
帰宅にあたっては、義父と義母、二人分の介護ベッドも手配しました。介護保険を利用したレンタルです。できれば、元々寝室として使っていた和室に置きたかったのですが、1台分をギリギリ置けるかどうかのスペースしかありません。古い洋服ダンスを処分すれば、なんとか置けそうでしたが、それこそ「タンスが盗まれた!!」と、大騒動になりかねません。ひとまず、和室には義母用のベッドを設置。リビングに置いてあったソファを2階に移動し、空いたスペースに義父用のベッドを置くことにしました。
在宅復帰のための環境は着々と整っていきますが、準備が進めば進むほど、元の部屋の様子から遠ざかっていきます。必要に迫られてやっていることではあるけれど、果たして義父母は納得してくれるのか……。帰宅の日が迫るにつれ、不安も募ります。
そして、新たなトラブルも勃発!
台所の照明があまりに古く、蛍光灯の交換も苦労する状態だったため、新しいものを手配し、取り付け工事を頼んだところ……天井板が崩れ落ちてしまったのです。マジか! どうも経年劣化でパネルがもろくなっていたらしく、ネジ止め用の穴も開けられず、にっちもさっちもいかない状態でした。これは一体……。
「今日はこれ以上作業ができないので、いったん持ち帰らせてもらっていいでしょうか。似たようなパネルを探した上で、明日また作業させてください」
幸い、取り付け工事の方が親身に対応してくれ、天井板の一部を交換。新しくなったパネルにネジ止めするという方法で、なんとか新しい照明を取り付けることができました。ただ、いくら似たようなデザインといっても、何十年と経っているパネルと新品のそれでは色の違いは一目瞭然です。あの目ざとい義母が見逃すわけがないと思うと、気は重くなる一方です。
とってもキレイになっていて、別のおうちみたい!
そんな波乱含みの帰宅準備を経て、いよいよ義父と義母が自宅に戻ってくる日を迎えました。日ごろから無口で淡々としている義父はともかく、義母がどういう反応を示すのか……。気にしていてもしょうがない! なるようになる!! と思った端から、不安がムクムク沸いてきます。さあ、どうなるか。
玄関に入るなり、義母が真っ先に言ったのは「あらー、なんだかとってもキレイになっているわね。別のおうちみたい! ここまで片づけるの、大変だったでしょう」。
ねぎらわれているのか、遠回しに苦情を言われているのか、義母の本音はわかりません。
「もっと、ものすごく散らかってるかと思ったけど、そうでもないわね。片づけ大変だったでしょう?」
「そうでもないですよ。掃除機はかけておきましたけど」
「掃除機だけでも大変よ。あら、あなた天井もキレイにしてくださったの? ほら、リビングの天井がとってもキレイ!」
さっそく気づかれたかと緊張するも、義母が指さしたのは台所ではなく、リビングの天井。とくに掃除も何もしていなかった場所でしたが、「こんなところまでやってくださって、ホントすごいわね」と義母はしきりに感心してくれてます。ご機嫌ならオーライ!
勝手な思い込みによる行動は、信頼関係が揺らぎかねない
一方、義父はというと、はしゃぐ義母を静かに見守っていましたが、リビングに入った途端、表情が一変。曇った顔で「ここにあったソファは……?」と質問されました。
「いったん2階にあげたよ。親父、すまないけど、和室にはどうしても、ベッドを並べておくことができなくて」
「ああ、2階にね。うん、和室はそうだろうね」
夫があわてて説明するのを、ハラハラしながら見守っていましたが、義父は「処分したわけではない」とわかると、すんなり納得してくれました。セーフ!
なんだか部屋の様子はずいぶん変わってしまったようだけれど、以前の部屋がどうなってたのかイマイチ、思い出せない。義父母は互いに、そう言い合いながらニコニコ笑っています。気がかりだった天井板に関する義父母の反応は、「古くなってたのねえ」「この家が建ってからどれぐらいになるかね」「どれぐらいでしょうねえ」で終了。カーペットや敷物、スリッパについても、案外、気に留める様子もなく、“ない”という状態を受け入れてくれました。
認知症に助けられた部分もあるのかもしれません。ただ、認知症だからといって、すべてを忘れてしまうわけではないということも、改めて実感もしました。忘れてしまうに違いないと思い込み、「もう必要ないから」と、ソファを処分してしまっていたら、義父はわたしたちに対する不信感を募らせていたに違いないと思うのです。
信頼関係がゆらぐと、その後の介護にも支障をきたす可能性があります。そう考えると、保管スペースの問題さえクリアできるようなら、「いずれ処分するとしても、大あわてで捨ててしまわずに、一時保留で様子を見る」と、ワンクッション置くことが、お互いにとって気持ちをラクにしてくれると知った出来事でもありました。